モントリオールで開催された世界フィギュアスケート選手権、競技3日目&4日目の記録を書き残す前に、宇野昌磨選手の演技を通して感じたこと&考えたことを書きだしてみました。頭を整理しておかないことには他カテゴリの話や他選手のエピソード書けそうもないので(苦笑)。
そしたらやたら熱い長文になってしまった。熱すぎてちょっと気持ち悪いかもしれない(笑)。最後の方は「昌磨さん名言集」みたくなってしまいました(苦笑)。
それでもまだ頭の整理が完全には終わっておらず、まだちょっと書き足りなかったりしますw。でも試合の演技そのものの感想についてはある程度書き残せたと思うので、いったんまとめて投稿します。
SPの歓喜からフリーまで 凄まじい感情の乱高下
2024モントリオールワールドは、宇野昌磨ファンにとっては気持ちのアップダウンの激しい大会でした。
今季世界最高得点をマークしたSPでは、これまでの公式練習で跳んでいた中でも最も美しい仕上がりの4回転フリップ。4-3は着氷の流れこそ完璧ではなかったけれども確実にしとめ、トリプルアクセルも難なく決めて極上のステップへ。
あの賑やかだったカナダの観客席が彼の演技中は息を呑み続け、演技終了後には大喝采で今季世界最高得点の1位。
何よりも演技終了直後に宇野昌磨選手自身が喜びをあらわにしていたのが嬉しかったですね。
2022モンペリエワールドのオーボエ終了後の「ぴょんぴょん」を超える、「立膝座りの姿からの控えめなガッツポーズ」をナマで見られたのは本当に幸せでした。
SP当日夜にも書いたけど、この日の演技を見られただけではるばるモントリオールに来た甲斐があったと思いました。
嬉しかったのは4FのGOE満点が2名いて、4.56もの加点がついたこと。今季はNHK杯の異常に厳しい採点以降、そこそこいいフリップを跳んでも加点が渋いなと感じることがありましたから、「ここまで文句なしのジャンプを跳べば十分加点がもらえる」ということを認識できてファンとしては安心できましたし。
メダル争いをするメンバーのうち、アダム・シャオ・イム・ファ選手がSPではまさかのミスが連続し、他のメダル有力候補選手とは約30点差。表彰台メンバーはSP上位の3人で確定だろうと内心思っていました。
去年の中国杯では、宇野昌磨選手は約15点差をつけていたアダム選手にフリーで逆転されました。しかし中国杯はシーズン初戦。最終戦のワールドでは、フリーでミスが多少出てしまったとしても30点差を詰められることはまずないだろうーと考えてしまっていた私はこの競技を舐めていたと言えるかもしれません。
そこからのまさかのフリーの乱れ、でしたからね。「これで表彰台に上る宇野選手の姿を見られるだろう」と一度期待を抱いてしまったせいで、なかなかきつい感情の乱高下でした。メダリスト3人のフリーが揃ってとんでもなく素晴らしい演技だっただけに、一番応援していた宇野選手がフリーで観客の大歓声を受けられなかったことが本当に残念で。
当日朝の公式練習~6分間練習
フリー当日朝の公式練習時、宇野選手は絶好調という感じではなくループとフリップの調整にじっくり時間をかけていました。朝から絶好調!って選手はそんなにいないので、この時はそこまでは気にしていませんでした。
しかし、フリー最終グループ6分間練習の彼は明らかにこれまでと様子が違っていました。
4回転ループは最初に降りてましたが、フリップがなかなかはまらず。踏切りの感覚がしっくりこないのか、何度も踏切り確認を繰り返している。ループもフリップも何度も試すけど、ダブル抜けばかりが続く。
これは踏切りがしっくりこなくて意図的に踏切り確認を慎重に繰り返しているのか、それとも4回転を跳ぼうとしているのに4回転に持ち込める踏切りができずにいるのかどちらなのか…?
1~2回踏切り確認をした後はほぼ一発必中でジャンプをしとめていくことが多い彼にしては、ちょっと様子がおかしいのでは?とかなり強い不安に襲われました。
そして、本番
そして迎えた本番。
6分間練習で一度も跳べなかったジャンプを本番で決めてきたことが何度もある宇野昌磨選手の底力をもう信じるしかありません。
演技開始前、会場モニターにアップで映し出された彼の表情は珍しく不安がうっすらにじんでいるように私には見えました。「これは…どうなる表情なんだろう」落ち着いているのか、不安なのかがわかりません。
これまでは「どの大会も等しく大事」との精神を貫いてきた彼が、珍しく「集大成を見せたい」と「特別扱い」していた大会。連覇へのプレッシャーや緊張などは感じていなかったかもしれませんが、6分間練習で彼が感じたであろう不安は残っていたのかもしれません。
4回転ループの予想外の転倒では、驚きのあまり息を呑みました。昨年のGPS中国大会で久々に転倒はしたけど、ここ3年で試合での4回転ループの転倒はあれっきりだったし、こちらに来ての公式練習でもフリップはともかくループは成功率高かったので、何かあるとしたらフリップだと思っていましたから。
※ここ数年の宇野選手のループ成功率の高さは、下記の記事の後半で取り上げています
彼が転倒した瞬間、会場全体が驚きの声&残念そうなため息で包まれました。みんな転倒する彼の姿など想像もしていなかったのでしょう。「あぁ、三連覇の夢はこれで消えてしまったな」と悟りました。
一瞬だけ頭をよぎった平昌五輪フリーの記憶
ループで転倒した直後、私の脳裏によぎったのは平昌五輪のフリーでした。
あの有名な「1個目のループを失敗した時点で笑いがこみ上げてきました(笑)」の時の演技ですよ。
あの時は冒頭の4回転ループで転倒したけど、その後見事な演技でまとめきった。何とかあの時のようにもっていけないか?との期待が一瞬頭を駆け巡ったのです。
しかしすぐに「いや、あの時とは演技時間もジャンプ本数も難易度も違う。あの時のルールだとジャンプの配点も高く転倒しても点が多く残ったけど、今は点がごっそり減る。何より転倒のせいで助走が短くなるから4フリップ入れるのもかなり厳しいはずだ」と思いなおしました。
だいたい昨年の中国杯では「ループ転倒⇒フリップ抜け」だったし。
そして挑んだ4回転フリップ。
果敢に軸を締めて挑んだ4回転フリップは降りたものの着氷が大きく乱れ。
「あぁこれは点数的にはかなり痛い…。でもよく降りた!」ーと、体を開かず締めたままで降りてきた彼の勇気を誇らしく感じました。
ループもフリップも回転不足をくらいかねなさそうだし、点数は稼げないだろう。もう点数や順位はいいから、この後はこのプログラムの世界観を表現しきっててくれれば…と願いました。
その後の4T-2Tは入ったけれど、トリプルアクセルは若干こらえ気味になって、予定していたアクセルフリップの3連入らずでまた私の頭はプチパニックに。転倒で体力削られた後なのに後半に三連なんて入れられるだろうか?あのアクセルの後オイラー付けて2Aはつけられなかったか…?ああでも無理してつけてまた転倒もまずいし…と頭の中はぐーるぐる。
そうこうしている間にステップに突入、曲は「鏡の中の鏡」へ。
私はこのあたりで会場の空気が少し変わったと感じました。
現世界王者は三連覇は逃すだろう。でも今、王者の演技を見せようとしてくれている。
それを感じ取ろうとする会場の空気を感じたーというか。
会場を埋め尽くした観客が息を呑んで彼のステップやコリオシークエンスを見つめ、感服している。その静寂の中で決めた4Tは本当に美しかったです。
大阪NHK杯の会場を制圧した時のあの空気感までは及ばなかったけれど、あの時に近い空気が、短いながらもモントリオールの会場にも確かに訪れていたーと私は感じました。
その後訪れた2本目のトリプルアクセルのタイミング。どういうコンビネーションにしてくるのかと思ったら果敢にアクセルフリップの3連にしてきました。
しかしあえなく着氷乱れ、ああラストの3Sに何とかコンビつけないと…と思ったらこれもこらえ着氷になり単独に。これだけ乱れた上、コンビネーションジャンプも一つ残してしまった。「これは順位的にはまずいだろうな」と私は焦りました。
でも、氷上の宇野昌磨選手の表情はちょっと苦笑いの混じった、穏やかな笑顔を浮かべていました。
「ボロボロな演技をしてもめっちゃ笑顔で挨拶してる自分でいたい」
「僕が想像する将来の理想像は、ボロボロな演技をしてもめっちゃ笑顔で挨拶してる自分でいたい」と去年のインタビュー(下記リンク)で彼が語っていた通りの笑顔。有言実行です。
「あまりにもジャンプに固執しすぎて…」2年連続で世界一の宇野昌磨 結果を求めるがゆえの“苦悩”明かす
確かに技術的にはミスが多発したかもしれない。彼のベストの表現を見せることはできなかったかもしれない。でも最後まであきらめずにギリギリの所を攻め、美しい表現を貫いた演技でした。私はそれをボロボロの演技だったとまでは思いません。
以前話していた通りに笑顔で挨拶している昌磨さんを見て、私も笑顔で彼に拍手を送りたいーとスタンディングオベーションをしました。私以外にもあの演技にもかかわらず立ち上がって拍手をしている観客が思いのほかいました。きっと私と似たようなことを感じていたのではないかと思います。
これまでの練習を見てきていれば、彼が精いっぱいの準備をしてこの場に挑めていたことは十分わかります。公式練習初日夜のフリー曲かけ練習なんて、後半4Tで転倒するまで素晴らしい流れで、転倒で驚いてしまうぐらい彼の演技の世界に引き込まれていたぐらいですから(練習なのに!)。
最初のボタンの掛け違いで濃密な設計のプログラムが崩れてしまったことで、「完璧なプログラム」を世界に見せられなかったことは物凄く悔しくて残念なことだけれど、それでも彼を称えたいと思いました。
コーチ陣も実力を出し切れなかった彼の演技後の感情は複雑だったと思いますが、笑顔で戻ってきた宇野選手に合わせて笑顔で迎えてくれたのが嬉しかったです。
4回転を詰め込んだ緻密な構成が持つ「もろさ」
平昌五輪のトゥーランドットと今季のフリープログラムは4回転の本数&種類は同じ。でも濃密度が全く異なります。
平昌五輪後実施されたルール改正では、フリーの時間が30秒減ったのにジャンプは1本しか減りませんでした。その結果、数多くの要素が4分にぎゅうぎゅう詰めに。そこに4回転を多種入れるとなるとマジでギチギチで、助走レスで4回転を跳べる選手でないと4回転多数を入れ込んだプロを成立させられない。無理に入れると他の部分がおろそかになって「ジャンプばっかり」のプログラムになってしまう。
平昌五輪のフリーでループ転倒から立ち上がってからフリップのトウをつくところまでの秒数を計ってみたら26秒でしたが、今回は19秒でした。それだけ助走を短くしないとあれだけの要素は4分に入りきらない。7秒あればどれだけ加速できるかを考えると、着氷こそ乱れたけどよくぞ4回転フリップを降りたと思います。
宇野選手は4分の間に4回転4種4~5本を詰めても他の表現が群を抜いていて、ジャンプと芸術が融合した美しいプログラムを披露できる稀有な選手だとファンの私は思っています。なのに本人は「ジャンプ跳んでばっかり」だと思っていたようで…(理想高すぎにも程があるやろw)。
今シーズン前半、「表現重視」を掲げていた宇野選手。今季は例年以上に点に直結しないちょっとした所作などまで頑張っていて、「あれ以上まだ魅せられるんだ」と驚かせてくれました。
でもやはり現行ルール上ではジャンプが決まらないことには点が伸びない。未だにジャンプの成否に連動してSkating Skillを採点するジャッジも散見されるし。(今回のマリニン選手は文句なしの優勝だと思っていますが、彼のSKに9.75という全選手中最高点をつけたジャッジには文句をつけたい)「表現重視」と言っていた宇野選手もシーズン後半はジャンプの練習に相当な時間を割いていたようで。
かといって、ジャンプ以外がおろそかになったわけではなく、むしろ凄みを増している感がありました。だからこそ最初のループがうまく行けばひょっとして伝説になりうる演技を披露できたかもしれない。
ーしかし、それは4分間にありとあらゆるものを詰め込んだ濃密な構成を全てクリアして初めて伝説となりうるもの。「濃密な構成は一つ崩れると連鎖的に崩れて行ってしまうもろさを併せ持つ」という当たり前のことに今更ながら気づかされました。ボロボロに崩れてもおかしくなかったのに、何とか世界観を保って一時は会場を制圧することができていただけでもすごいことだと思います。
「どうせタイムバイオレーション減点取られちゃったんだから、最後アクセルフリップじゃなくて3A~2A~2Aにしてれば、あるいは3Sに3Tつけられてればメダルに届いたかも…」なんてタラレバも、試合終了後頭がぐるぐるしている時に考えてしまいましたが、きっとあれがあの時の彼が出来たギリギリの演技だったんだろうと思っています。もし3Tつけて転倒したり着氷が乱れたりしたら、さらにPCSが下がったかもしれませんもんね。
彼は実際「僕は最善を尽くしました」と語っている。それが全て。
「伝説の演技」にできなかった悔しさ
この3年間のジャンプ好調を支えてくれた「神靴」が昨年末についに壊れて新しい靴で挑んだワールド。年明けから試合も全くなくてループやフリップを新しい靴で跳べているのかどうかの情報もなく、ワールド演技でのジャンプの精度にはかなり不安を感じていました。
しかし公式練習で見せていた姿からは「靴問題」はほとんど感じられませんでした。(実際のところ問題は多少はあったかもしれませんが、素人目にはわからず)
彼はこの3か月、それだけジャンプの練習に尽力していたのだと思うのです。
彼の努力が見えていたからこそ肝心の本番でジャンプの歯車が噛み合わなかったことが凄く残念で、悲しい。
今季のフリープログラムの選曲は賛否両論で、「曲が地味過ぎて盛り上がりに欠ける」という声もありました。でもそれはこのプログラムがまだ仕上がっていないからであり、ワールドでほぼクリーンにこの演技を実施できれば、「宇野昌磨選手にしかできないであろう伝説のプログラム」となるだろうという期待が私にはありました。
これだけ静かな曲だと、ほんのわずかな技術のほころびが悪目立ちする。
しかしそのほころびが無かったら、この静けさがどれほど強い武器になるだろう?と。
しかしそんな伝説の演技をしたとしても、マリニン選手が4回転アクセルや4回転ルッツのコンビネーションなどを入れて技術的にほぼノーミスで滑ったら現行ルール上優勝するのは間違いなくマリニン選手。「伝説の演技」をした選手が2位以下になることで、「TES偏重になっている今の採点システムについての議論」が熱く盛り上がることを私は強く期待していました。もちろんファンとして三連覇を夢見る気持ちは持っていましたが、私は何よりも「採点システム論争の火種となるような演技」を期待していたのです。
しかし、高難度技を揃えてミスが少なかったものが勝ち、ミスが多かったものが負ける、スポーツらしい結果に終わりました。NHK杯の時のような採点のもやもやがほとんどないので比較的スッキリと受け入れられる結果ではありますが、自分の勝手な妄想が実現しなかったのは残念です。
トップ選手がTES70点に満たなかった時代に設計された採点システムが、TES140点近くを出す選手が現れた今もなおPCSが100点満点にとどまり続けているのは問題ありすぎだと私は常々思っています。
過去の世界王者のTES&PCSバランスの推移を調べてTES偏重について嘆いた過去記事はこちら。
「Dancing on my own」のワールドとの共通点
「ワールドでクリーンに滑り切れれば絶対に伝説の演技になるはず」との夢を抱いてワールドを見守ったのに、それが実現しなかったのは「Dancing on my own」も同じでした。
哀しかったなぁ、あんなにいいプログラムなのに。「Dancing on my own」はチャレンジカップで素晴らしい演技をしたけれど、マニアックなスケオタぐらいしか配信を見ていなかったのがもう残念で残念で。全日本では日本中のライトファンに、ワールドでは世界のフィギュアスケートファンに素晴らしい「Dancing on my own」を見てほしかった。
伝説の演技を披露するはずのワールドは新型コロナで中止になり、翌年のワールドでは、シーズン中の試合数が限られたことが災いしたのかクリーンな演技はかなわずじまいで。
「Timelapse/ 鏡の中の鏡」はそうなってほしくなかったけど、私の夢はまた叶わずに終わりました。
結果的に、私から見てもっとも素晴らしかった「Timelapse/ 鏡の中の鏡」は、NHK杯の演技。(北京GPFの方がよかったーという方もいるかもしれませんが)今も思い出せる、あのフリーの時のラクタブドームの何とも言えない観客の熱気に満ちた静けさ。本当に驚愕の演技でした。
それだけにあの時の異常な辛口採点が恨めしい。
モントリオールワールドの審判団がNHK杯のジャッジをしていたら、宇野選手は合計300点を超えて優勝していたでしょう。でも日本のスポーツ報道記者の多くは得点と順位の数字しか見ない。いくら彼が素晴らしい演技をしていても「今シーズン300点超え無し」「国際大会優勝なし」と片付けられてしまうのがものすごく腹立たしい。メダリスト3人と遜色ない活躍をして、メダル争いをしたというのに4位という数字だけで終わった人扱いをするようなメディアまである。SPで今季世界最高得点出して全日本優勝してるっていうのに。
だいたいね~私宇野選手の2019~21年シーズンをまとめて「成績が低迷し」って片づけるメディアが嫌いなんですよ。彼が色々悩んで成績が伸び悩んだ時期ではあったけれど、成績自体を「低迷」と表現していいのは2019年GPSフランス大会だけだと思うから。
2019 さいたまワールドは色々あってSPフリー双方でミスが出たけど4位にとどまり、前月の四大陸では当時の世界最高得点を出して優勝していた。あの2019GPSフランス大会はジャンプが乱れまくって8位だったけれど、続くロシア大会は4位。そのせいでシニア移行後グランプリファイナル進出を初めて逃したけれど、そのシーズン全日本優勝だし、上り調子だったのにコロナのせいでワールド中止になって。翌年ワールドではSPでミスが出たせいで総合4位になったけれどフリー3位でスモールメダル取ってるんですよ?それを「低迷」で片づけられるのはね。(ドラマチックなサイドストーリーを演出するためには低迷期として際立たせたいってのは理解はできるんですけどね)
数字(得点と順位)しか見ない記者の記事は本当に嫌い。その裏にあるもの、その数字に行きつくまでの流れをきちんと理解している人の記事しか読みたくないです。幸いフィギュアスケートを追い続けている記者の一部や、JSPORTSの実況などでは結果の数字だけでなく、そこに至る過程を理解して表現して頂けているのが、心にしみます。
いい演技も悪い演技も受け止められるファンでありたい
ファンは「あの選手が満足できる演技ができれば結果は求めていない」と言いつつも、結果が出るとやっぱり嬉しい。応援し続けた人が「他者に広く認められる」のは極上の喜びだから、どうしても順位や点数に一喜一憂してしまいます。
でも、宇野昌磨選手本人の試合結果の受け止め方は、ファンの一喜一憂とはまた違うレベルにあるなと感じさせる発言が多くて毎回感心させられます。
本人は「良い練習が積めていても、いいところが出るか悪いところが出るかは運次第」という主旨の発言を近年は何度もしています。その言葉を借りれば、今回はたまたま悪い状態が出てしまった。ギリギリのラインを攻めているスポーツ競技なのだから、いい時と悪い時は背中合わせだということはファンも覚悟が必要です。
モントリオールワールド終了後、「清々しい気持ちだ」とはっきり語った昌磨さんに私は感心することしきりでした。
彼もいきなりこの心境に達したわけではなく、シニア初出場の2016ボストンワールドではフリーの後半4回転トゥループで転倒し、キス&クライで大粒の涙をボロボロとこぼしていました。どんなに練習していても試合は水物、うまく行くこともあれば行かないこともある。いくつもの試合経験を重ねてきた結果得られた、「後悔のない良い練習を積めていたのであれば結果の良しあしに関わらず、後悔はない」という心境。
長年彼のファンを続けている私もそろそろ同じ心境にたどり着いてもいいのかもしれないと思いました。
「綺麗」だった4分間
モントリオールワールドのフリーが終わったあと、頭の中に何度もよぎった宇野昌磨選手の言葉がもう一つあります。ワールド初優勝の後に報道ステーションで松岡修造さんのインタビューに答えた時の彼のことば。
「練習を何十時間何百時間とやってきた中で、たった4分に凝縮される。それが僕は綺麗だと思うんです」
私はそれが、練習の成果が反映された、満足いく演技ができた時に初めて綺麗に見えるんだとなんとなく思っていました。
でも、きっとそうじゃない。
今回の宇野昌磨選手のフリーは彼が目指していたレベルには程遠いものになってしまったかもしれないけれど、私は綺麗だと感じました。もったいない、悔しいと感じる気持ちはもちろん強くあるけれど、それでも「綺麗」だなと。
何というか…ダンサーがまとっている衣装の美しいビーズ細工の糸がほつれ、ピルエットをするたびにビーズがポロポロこぼれ落ちていく。綻びに気づいたダンサーは焦りを感じながらも懸命に踊り続ける。いつ盛大に崩壊してしまってもおかしくない流れの中で最善を尽くして「今までやってきたこと」を見せようとする気概を感じたというか…。うまく表現できなくてもどかしいです。
よくも悪くもこれが今季のラスト演技。最後に見せた彼の表情は「あ~あ」という苦笑い混じりだったけど、凄く清々しそうに見えました。
「僕は最善を尽くしました」ー彼がそう言っているのなら、本当に最善を尽くしたんだと思います。確かに最後のトリプルサルコウにトゥループをつけていればメダルに手が届いていたかもしれない。アクセルフリップの着氷が決まっていれば、ループが着氷できていれば。無責任な立場からはタラレバなんていくつでも言える。でもあの時の彼にとってあれが最善を尽くした結果だったのなら私はそれに心からの拍手を送りたい。
ステファンコーチも結果ではない、その結果を目指して惜しみない努力を重ねてきた過程が美しいのだというようなことを語っていました。二人揃っておんなじようなことを言うのね、やっぱり師弟だね(笑)と思いました。
❄️世界フィギュア2024 🇨🇦男子結果❄️
— 【公式】フジテレビスケート (@online_on_ice) March 24, 2024
4位 #宇野昌磨 選手
演技を終えて💬
🗣自分が最善だと思うことを試行錯誤しながらこの本番に臨めたと思います⛸
『清々しい気持ちでいっぱいです』#figureskate #フジスケ #世界フィギュア pic.twitter.com/idfG1VQ61x
「どんな出来事も自分のためにある」
「どんな出来事も自分のためにある」これも今大会の宇野選手から出てきたことばです。
「どんな出来事も自分のためにある」 結果に納得「出会えた全ての人に感謝」も
2019GPSフランス大会についても彼は似たようなことを言っていましたね。
この大会のこの結果が、彼のスケート人生をどう左右するのかはまだわかりません。個人的には「集大成となる演技をワールドで見せて、演技に満足できれば引退しよう」と思っていたのが、「まだやれってことかなw」と修正してくれたら嬉しいなと勝手に期待してたりするんですが、最近のインタビューでは「この2年間は成績を出せていてもモチベーションが見いだせずに辛かった」という主旨の発言もしているので、なんとも言えません。
競技続行も引退もどちらも今の彼にとっては重い選択であることはかわりない。性急に結論を出すことなく、じっくり自分と向き合って考えてほしいなと思います。休養したいなら休養してもいい、引退したいならしてもいい。私としては「綺麗な4分間」をまだ見続けたいーというエゴはありますが、彼の人生は彼のもの。どんな選択でも応援は続けたいと思っています。
8回目の世界フィギュアスケート選手権はSP1位スモールメダル&総合4位という素晴らしい結果。「おめでとう」と言いたいです。