ミラノ・コルティナ五輪代表の最終選考会だった、「全日本フィギュアスケート選手権2025（第94回全日本フィギュアスケート選手権大会／全日本）」。
３日間の現地観戦の記憶をじっくり振り返るのは、私の感情が完全に消化されきってからと考えていますが、記憶がフレッシュな間に書き留めておきたい選手たちの演技がいくつかあります。
今日は、友野一希選手の演技について私が感じた思いを振り返ります。
全日本に至るまでの過程
私が彼の五輪出場を願っていた理由
全選手にいい演技をしてもらいたいという願いはありましたが、私は友野一希選手の五輪出場を強く願っていました。
年齢的にはおそらくこれが最後の五輪出場チャンスになるであろうこと、オリンピアンになってもらってもっと大勢の人に彼の演技を観てもらいたいという気持ちがあったからです。
また、北京五輪後の彼は若手と比べスポンサーが少なく、一時は現役続行も危ぶまれる状況でした。そんな中で、自力でスポンサー獲得に向けて動いていた彼を応援し続けていた経緯もあります。
ただ、昨シーズンの時点では「とはいっても、４回転サルコウとトゥループ２種構成では五輪代表を掴み取るのはかなり厳しいだろう。とはいえ可能性がゼロではない以上、本人が望むなら応援しよう」――そう思っていました。
五輪代表の座が見えてきたシーズン前半
しかし今季に突入すると、ライバルの三浦佳生選手も山本草太選手も怪我による不調に苦しみます。壷井達也選手も４回転２種構成に手こずっていました。
一方、毎年スロースターターだった友野一希選手はシーズン初めから調子を上げてきました。
ただ、例年よりは仕上がりが早いとはいえ４回転ジャンプが決まり切らず、他の候補選手たちと差を広げられないままグランプリシリーズ（GPS）を迎えました。
スケカナは４位
初戦スケートカナダ（スケカナ）でのスピンでミスが出てしまったのは痛かったです。あれが無かったら復調の兆しを見せた三浦佳生選手を上回るスコアで表彰台だったかもしれません。
スケカナは、西日本選手権と「Ice Brave２」京都公演と日程が重なっていました。「Ice Brave２」のために京都に来た友人と京都観光に行く前にスケカナフリーを見たため気持ちが落ち込み、ふたりとも観光中に何度もため息をついたのを覚えています。
スケアメでは優勝に迫るも…
グランプリファイナル（GPF）出場がかかったスケートアメリカ（スケアメ）で見せた会心のSPは最高でした。しかしGPF進出＆優勝を夢見たフリーで大きく乱れ…この時は自分でも驚くくらい落ち込みました。練習では調子が良いとのことだったし、なぜフリーでは崩れてしまったのかと。
全ては全日本で決まる
でも、結局は全日本勝負。全日本前にアドバンテージを作ることはできなかったけど、全日本で他の候補選手達を上回れば五輪への出場は叶うかもしれない。夢は最後の最後まで残っていました。
三浦佳生選手もGPSではポテンシャルを発揮しきれないままでした。二人とも演技に大きな不安を残したまま迎えた全日本、シーズン序盤の条件はほぼ同じ。
おそらく全日本で上の順位になった方が五輪に行くでしょう。ある意味わかりやすい勝負となりました。
そして、全日本＜１＞夢をつないだSP
全日本の初日のSPは緊張感を持って迎えました。ざっくりとした感想はSP翌日午前に書き残しています。
SP４位スタート、フリーに賭ける展開に
友野一希選手はSP２位の三浦佳生選手とは7.60点差がつきましたが、フリーの得点差が大きくなりがちな男子シングルであれば挽回可能な点数です。
全員ノーミスなら勝負ありでしょうが、三浦佳生選手も友野一希選手も山本草太選手もフリーをノーミスで揃える展開は考えにくい。
誰がどれだけまとめられるかが全てを左右するだろうと思いました。
SPの夜から翌朝にかけ、決めた「覚悟」
ただ、私はSP終了した夜から翌朝にかけて、ゆっくりと覚悟を決めていました。
三浦佳生選手がSPで決めたジャンプはいずれも加点を稼げる美しいもので、フリーもスケカナの時くらいにはまとめて来れるのではないかと思えました。となると、友野一希選手が上回るためにはフリーをジャンプほぼノーミスでいかないと厳しいでしょう。
もちろん今季最高の演技で友野一希選手が五輪代表をつかみ取る姿を期待する気持ちはありました。
でも、スケアメの時のまさかの展開を経験してしまった今、事前にあまり期待し過ぎると辛いことになるかもしれないから、「覚悟」だけはしておこう―と思ったのです。
そして、全日本＜２＞最後の賭けだったフリー
６分間練習
私は五輪代表選考がかかった全日本を現地で観るのは、今回が初めてでした。テレビ放送を通じても伝わって来ていた最終グループの６分間練習の緊張感を、現地で味わうのはとんでもなかったです。張り詰めた空気が肌にビリビリ伝わってきます。
全選手素晴らしく良い調子でジャンプを跳んでいました。
私が見た限りでは、友野一希選手はアクセルからの３連続ジャンプの最後のサルコウジャンプの着氷が少し乱れた程度で、他はクリーンに次々とジャンプを決めていました。
三浦佳生選手も４回転ループをはじめとするジャンプを今回はテンポよく降りていて調子よさそう…と思っていたら、練習終盤でおそらくループジャンプで派手な転倒をして壁に激突。その後再挑戦はしていましたが一度も決まらず。
友野一希選手の五輪出場を願っているといっても、三浦佳生選手のミスを願っているわけではないのであの転倒はとても不安になりました。ループジャンプが抜けた時の恐怖感は凄くて、ループが苦手になる要因の一つだと多くの選手が語っています。
激しい転倒が多い三浦佳生選手といえども、五輪代表がかかった大事な本番直前にあんな転倒をしてしまってメンタルに影響しないか？
と心配になりました。
いざ、本番
演技直前、「赤」に埋め尽くされた観客席
最終グループの選手達への声援はいずれも熱かったです。しかし、フリー演技の開始前友野一希選手の演技前の声援はひときわ凄かったと感じました。
私は場内が一体となって彼に熱い声援を送っていたあの瞬間を多分忘れないでしょう。
観客席全てが赤く染まるほど沢山のバナータオルが振られ、他選手たちのファンも一緒になって声援を送っている、言いようのない一体感がありました。
彼はまだ、五輪代表に手が届くところに残っている
現役終盤に訪れたこのビッグチャンス、是非とも悔いのない演技をしてほしい
会場の観客のそんな願いが込められた熱い声援と拍手だったように思います。あんなに会場の観客が一心に、一人の選手をあそこまで熱く応援していると感じられた瞬間は過去に一度もありません。
観客の願いは届かず
しかし、その熱い想いが続いたのは短い時間でした。
最初の４回転トゥループでの転倒は、夢を見終えるにはあまりに早すぎました。本当に悲しかったです。
「『神演技で逆転表彰台』という夢は厳しくなったけど、ここから残りをまとめればまだ可能性はある！」とすぐに思いなおしはしました。
しかし、次の４回転トゥループも乱れてコンビネーションにできず、REPEAT扱いに。混乱したまま見守った次の４回転サルコウは何とか降りたものの、大きく着氷が乱れて…
最初の４回転３本は一つも綺麗に入らなかった。
もうこの時点で五輪の夢は消えたと悟りました。でも、演技はまだまだ続きます。私たちは彼の挑戦を最後まで見届けなければなりません。何とか後半はうまくいってほしい。
後半の演技を、ただひたすら見守る
その願いも届かず、頼みのトリプルアクセルも乱れてしまい…最後にトリプルアクセルを単独ながら決めてみせたところには彼の意地とパワーを感じましたが、とにかく見ているのが辛かったです。
それでも終盤のステップとスピンの描き出す世界観は抜群で、そのスケーティングの美しさが余計に悲しかったです。
あぁこんなに美しい演技ができる人なのに。あの６分間練習の調子だったならもっと素晴らしい演技ができたはずなのに。
色んな複雑な想いはよぎりましたが、今目の前で心を込めた演技を続けている彼から決して目をそらさずに見つめようと思いました。
笑顔のフィニッシュからの涙
演技の終わりには全てを悟ったかのような、なんとも言えない笑顔を見せた友野一希選手。
私は「最後までよく頑張りぬいた」という想いで立ち上がって拍手を送りました。周囲の人たちも同じような思いだったのか、これだけミスの多い演技だったにもかかわらず立ち上がって大きな拍手と声援を送っている人が多数いました。
リンクを引き上げてきて、平池コーチの顔を見るなりに涙がこぼれる姿は胸が痛かったです。幼い頃から二人三脚でやってきたコーチの顔を見たら感情が爆発したのでしょう。
それでも、キス＆クライでの彼は最後に笑顔で観客に手を振ってくれました。
演技直後～試合終了までの気持ちの流れ
ここまで乱れた演技結果だと、「長年応援してきた友野くんを五輪へ」との願いをスッキリ諦めざるをえません。この後滑る代表候補の三浦佳生選手がこれ以上のミスをする事態なんて考えられないし、考えたくもないですし。
もう「オリンピック出場」の夢は破れてしまった。今季は本当に頑張ったけれど、目指したところにはたどり着けなかった。あとは三浦佳生選手に文句のない素晴らしい演技をしてもらうだけ。
そして、私は三浦佳生選手のフリーを全力応援しました。６分間練習で派手に転倒していた４回転ループも見事に降り、冒頭の４回転ジャンプ３つを決めました。後半はかなり乱れてしまいましたが、大崩れはすることなく最後まで踏ん張り抜いてくれました。
あぁよかった、これで心から関東男子たち３人の代表を応援できます。
三浦佳生選手の総合点は261.18。「たられば」を言えば、友野一希選手がノーミスで演技できていたら上回ることができたかもしれない点数です。
ーーでも、あのフリー演技が全て。
スケアメのフリーが決められなかった時点が既に転換点だったかもしれません。
友野一希選手は納得のいかない判定や、点差で代表を逃したわけではない。練習でできていたものが、本番で出し切れなかった。だから代表に手が届かなかった。
何かに対して憤りや不満を感じることない結末だったことは唯一良かったことでした。
試合の夜から今までに考えたこと
現実逃避で見たゲーム動画内での宇野昌磨さんの発言に唸る
男子フリーの夜から翌朝は感情の波が激し過ぎて、現実逃避するために宇野昌磨さんの出ていたゲーム配信動画を視聴。意外にも、そこで唸ることになりました。
宇野昌磨さんがまるで予言するかのように「最初のジャンプで失敗したときの心境」について語っていたからです。
予言のような発言
ゲームのチーム戦のメンバーからフィギュアスケートに関する質問を受けたときに昌磨さんはこう答えていました。
（フィギュア）スケートって、失敗を取り返せないスポーツなんですよ。全く取り返せなくて、傷口を広げないことしかできない（中略）そこからジャンプ６個残ってるんですけど…
そして、この後「今日実は全日本選手権をやっていて…」という話に展開します。
「現実逃避で見たゲームの試合で、全日本で起きた現実を考えさせられる」という想像を超えた流れ。
「そうだよね。あそこから最後までやりとげることがいかに大変だったか…」という気持ちに改めてなりました。
宇野昌磨選手現役最後の演技との共通点
宇野昌磨選手現役最後のフリーも転倒から始まり、傷口を広げないようもがき続けた演技となりましたが、最後は穏やかな笑顔で演技を終えました。映像には残っていませんが、バックヤードでコーチと涙の抱擁があったのも今回の友野一希選手の演技と共通点を感じます。
試合後に「この日に至るまで悔いのない練習をしてきたから、後悔はない。これまでの練習は素晴らしい時間だった」というニュアンスの発言をしているのも同じ。
下記の記事は胸に染みます…
「ミスが多い演技」＝「悪い演技」と、世間の人は思うかもしれない。でも、友野一希選手のコリオシーケンスは美しかった。見返すのは辛い演技になってしまいましたが、それでも私は彼らのあの演技を悪い演技だったと片付けたくはありません。ミスが多くても、心に響く演技はあるのです。
とある若手選手が「あんなに６分間練習で調子が良さそうだったのに、最初の転倒であそこまで崩れてしまうなんて」と残念そうに話したあと、「でも、最後に笑顔でいられるのがすごい。それだけ練習を積んできたんだと思う」と発言していたのを耳に挟みました。伝わる人にはちゃんと伝わっています。
夢を長く見せてくれて、ありがとう
今思うと、昨季の友野一希選手は怪我もあり成績が伸び悩んでいました。その中で彼は「ミラノ五輪出場を目指す」と積極的に発言していました。
当時私は、「総合力は高いけれど、トゥループとサルコウの４回転ジャンプ２種で戦うには相当完成度を上げないことには五輪代表は厳しいだろう」と冷静に思っていました。
しかし、今季はライバル選手たちが軒並み怪我などで不調に苦しみ、「五輪三枠目の譲り合い」かのような状態に突入。その中で例年よりも早く仕上げて調子を上げてきた友野一希選手。
初めてのGPS優勝も、GPF出場も寸前まで行きました。
そして全日本前には五輪代表候補の筆頭ふたりの中に入りました。
今季は怪我などが理由で思うような結果が出せなかった選手も多かった中、友野一希選手の夢の実現をギリギリまで期待し続けることができたのは、とても恵まれていたと思います。
今は「夢を長く見せてくれてありがとう」という気持ちです。
友野一希選手は来季の進退については明言していません。幸い四大陸選手権への派遣は決まりました。
今季最後の試合で今度こそ思い残すことのない演技を見せてくれることを望みます。