北京で9/19~21にわたり開催されていた「ミラノ五輪最終予選」。
今回は、まとめきれていなかった2日目の女子フリーと3日目のアイスダンスFD、そして今回初めて独立開催された「五輪最終予選会」自体を順に振り返ります。
トップクラスの選手が多数参加する異例の事態となった女子シングルは、事実上残り一つの枠を争う熾烈な戦いに。
4~7位までが1.20点の僅差で明暗が分かれたアイスダンスでは、国内外のフィギュアスケートファンから採点への疑念の声まであがり、私自身も混乱しました。
女子フリー(競技2日目)
女子シングルは、パーソナルベスト(PB)スコア190点超えの選手が4人も出場するという異例の激戦となりました。

ヴィクトリア・サフォノワ選手(中立アスリート ※ベラルーシ)
PB190点超え選手の一人・ヴィクトリア・サフォノワ選手(ベラルーシから「中立アスリート」として出場)はSPでは57.71と、意外にも7位スタート。
想像していたような出来ではなかったので、「事実上の残り枠」は1から2に増えたかな?と思いました。

しかし出場選手の大半がフリーをまとめきれない中、サフォノワ選手はきっちりまとめてきました。さすがでしたね。
結局は大半が当初に予想した通り、総合4位に入って五輪個人戦の参加資格を得ました。
Ruiyang ZHANG 選手(中国)
中国はジュニアからシニアに上がったばかりのRuiyang ZHANG選手(彼女の日本語表記はまだ定まっていないので、英語表記にしています) をこの最終予選に出してきました。昨年の中国ナショナルでは8位の選手ですが、今年8月のアジアントロフィーで優勝したのが派遣決定の要因でしょう。
ジュニア時代の宮原知子さんを思い出させるような華奢な体形。SPではジュニアらしさが残る滑りながらも、体の軽さと柔軟さを生かした演技をしていました。
しかしフリー冒頭のルッツはダブルに抜け、トリプルループでは明らかに回転が足りずに転倒。シニア国際大会経験がほぼない17歳にこの責務は重すぎたか…?と思ったら、その後はしっかりとまとめてきました。スピンステップは全てレベル4を獲得しています。
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Zhang Ruiyang collapsed into her coach's arms and burst out crying as the 17-year-old earned a women's figure skating singles place for China at the 2026 Winter Olympics #Olympics https://t.co/8d9kroUlZ6 pic.twitter.com/Wdc5JFaXEw
— Xinhua Sports (@XHSports) September 21, 2025
彼女の直前のステファニア・ヤコヴレワ選手(キプロス ※元ロシア)の演技終了後は「キプロスから史上初の五輪出場もありうる?」と思っていました。
しかしRuiyang ZHANG選手の踏ん張りにより、ヤコヴレワ選手を2点上回って暫定2位。この時点で中国女子の五輪出場枠が確定しました。
キス&クライで泣きじゃくる彼女の姿に、五輪枠取りを任される重圧の厳しさを感じました。今の中国女子の成績は全員団子状態。ホームの試合ではありますが、大勢のライバルたちの期待と声援を背負った状態のプレッシャーは凄まじかったでしょう。(そういや観客席にボーヤン・ジン選手とダイウェイ・ダイ選手までいましたね)
今後、誰が最終的に中国の五輪代表に選ばれるかはわかりませんが、彼女にも頑張ってほしいです。
ルナ・ヘンドリックス選手(ベルギー)
今大会の女子フリーで一番ぐっと来たのはルナ・ヘンドリックス選手の演技だったかもしれません。そのせいか正直どんなプログラムだったかの記憶が抜け落ちてしまっています(苦笑)。

足の手術後初試合となる彼女が、まさかここまでの仕上がりのフリーを完遂できるとは思ってもいなくて…
トリプルフリップがダブルにはなりましたが、それ以外は女子のトップレベル構成を見事にやり遂げました。五輪枠を獲得さえしてくれれば十分だと思っていたのに、まさか復帰後のこの試合でいきなり204.96を出してくるとは。
「彼女なら安全構成で行けば確実に枠が取れるでしょう」なんて後ろ向きなことを考えていた私とは違って、彼女はガチの試合構成で挑んできました。いや~しびれましたね。「安全構成?そんな弱気じゃダメ、全力を出すのみ!」ってな真剣勝負でした。
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A moment worth a thousand words ft. Loena Hendrickx 🇧🇪 #SkateToMilano #ChineseNebelhorn pic.twitter.com/u6MMnh0UK9
— In The Loop (@InTheLoPodcast) September 21, 2025
演技直後の感極まった表情、得点が出たときにヨリック・ヘンドリックスコーチ(実兄)と笑顔で抱き合う姿に、この1年弱の苦難が見て取れました。
放送ではほぼ笑顔だった彼女が、バックヤードでは泣きじゃくっていた姿を見てこれまた胸を打たれました。彼女が五輪に行ける道が開けて、本当によかったです。
アナスタシヤ・グバノワ選手(ジョージア)
アナスタシヤ・グバノワ選手には最終グループの6分間練習の時から「何この衣装!おしゃれすぎる」と驚かされました。
白基調の衣装に黒のバイピング自体は目新しいものではありませんが、背中のデザイン!男女が顔を寄せ合っている横顔がデザインされてるのが何とも斬新で。
彼女の新プロ情報を調べていなかったのですぐにググりました。映画「ゴースト」をもとにしたミュージカル曲のメドレー。ということは背中はサムとモリーなんですね。
What a beautiful skate to Ghost the Musical from Anastasiia Gubanova 🇬🇪👏 She earns a 206.23! It's a confirmed silver medal alongside an Olympic spot 🥹🤍#SkateToMilano #ChineseNebelhorn pic.twitter.com/NS8NPWG5vQ
— In The Loop (@InTheLoPodcast) September 21, 2025
今春の国別対抗戦を思わせるようなクリーンな演技でした。2025ボストンワールドの悪夢のSPがここ2戦の安定した彼女を作り上げたのでしょうか?
フリー技術点はこれまでの最高記録を更新し、シーズン初戦なのに206.23点というハイスコアです。コンスタントに200を超えるスケーターともなれば五輪のメダル候補者に名を連ねそうです。彼女も演技終了後は感極まった表情をしていたのが印象的でした。
演技後ミックスゾーンに引き上げてきたときにはルナ・ヘンドリックス選手と抱き合っていました。
欧州女王経験者二人が登場するという、なんとも激レアな五輪最終予選でしたが、「自分と同様、五輪出場に賭けるライバルがこの大会にいる」という状態は互いの心の支えになったかもしれませんね。
アデリア・ペトロシアン選手(中立アスリート ※ロシア)
最後に登場したのは、ロシアの期待を背負っているであろう「中立アスリート」のアデリア・ペトロシアン選手。(新聞の表記はペトロシアンじゃなくてペトロシャンが多いようですね)
怪我に悩まされていると伝えられ、今大会には補欠のゴルバチョワ選手までが現地入りしていたそう。状態は思わしくはなかったと思われます。
「中立アスリート」として出場を許される選手たちはメディアの取材を受けてはいけないことになっているので怪我の詳細は不明のままですが。
それでも今回は、トリプルルッツまでの構成をクリーンに滑り切りました。
ステップがレベル3になったぐらいで、他はレベル4。後半に高得点のコンビネーションジャンプを複数入れることで技術点を伸ばしました。PCSもルナ・ヘンドリックス選手やアナスタシヤ・グバノワ選手には及びませんが、8点台に乗せています。

男子のピョートル・グメンニク選手同様、彼女もミラノ五輪まで国際大会出場はありません。
トリプルアクセルと4回転を入れられる状態まで戻してくるでしょうか?「エテリ・トゥトベリーゼコーチ門下の限界年齢を超過済み」と言われる18歳なだけに、あと5か月でどこまで戻せるのかと疑問視する層もいます。
「中立アスリート」は個人資格での出場ですので、今回五輪枠を獲得した選手が今後調子を崩したとしても、同国の他選手に交代することはできません。
ロシアの連盟は全パワーを五輪出場が決まった二人に注いでくるでしょう。二人もその期待に応えられそうな人材には見えました。
アイスダンスFD(競技3日目)
観戦記録をどうまとめたものか悩ましかったのが、今回のアイスダンスFDです。
それは「うたまさ」こと吉田唄菜/森田真沙也組がわずか1.20点差で五輪個人戦出場枠に届かなかったからではありません。なんというか、全体的にスッキリしなくて。
採点結果への反応
最大の要因はうたまさとスウェーデンのミラ・ルード・レイタン/ニコライ・マヨロフ組の採点時のレビューにかなり時間がかかり、暫定表示よりも技術点が下がったこと。
そして、最終的に4~7位までが1.20点の得点差内にひしめきあう結果となり、中国のベテラン復帰組の「ワンリウ」ことシーユエ・ワン/シンユゥ・リウ組がわずか0.23点の僅差で五輪代表枠を獲得したことです。

国内外のフィギュアスケートファンの間には、「開催国である中国組への忖度があったのでは」と疑う声も一部に出ています。
特に海外は、ワンリウの過去の不祥事の顛末がクリアにならないまま復帰したこと自体良く思っていない人たちが多く、かなり手厳しい意見も見かけました。「スウェーデンと日本の組が犠牲にされた」と騒ぐ声もあります。
その一方で、「妥当な採点だ」との声もあります。ワンリウも減点されていますし、今回のジャッジが各要素を厳しく評価するタイプだっただけかもしれません。

私はスウェーデン組の「ロミオとジュリエット」の世界観にひきこまれ、「これはマヨロフ弟、アイスダンスでも五輪行けるのでは?」と一時は思っただけに、スッキリしない気持ちは残りました
でも、私はアイスダンス採点ルールに詳しくありません。
フィギュアスケート専門記者のジャッキー・ウォンさんやアイスダンスに詳しいファンによる疑問点の指摘を読んだところで、それが忖度の結果なのか、厳格なジャッジの判断でたまたまこういう結果になったのかの判断はつきません。

ただ、この採点に対する海外での意見のやりとりを見て思ったのは「うたまさ」はいつの間にか海外ファンをかなり獲得していたんだなということです。
「ボストンワールドも彼らがSPを通過すべきだったと思っていて今回は二人を応援していたのに、この結果は納得がいかない。彼らの演技が五輪で見られないなんて悔しい」という声をいくつも見かけました。
確かに情熱あふれる「トゥーランドット」だったし、暫定表示ではレベルも取れていたし「ひょっとしていけた?」と期待はしました。採点中のレビューに時間がかかっている段階で「これは厳しそう」と悟りましたけれど。
1.20点しか差がないとはいえ順位は7位となると、今後五輪参加枠を返上する国が出ても彼らにまで個人戦出場の機会が回ってくることはないでしょう。悔しい結果ではありますが、二人はそれを受け止めて前を向いています。
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ふたりはまだ22歳&21歳。30代後半の選手も活躍しているアイスダンスではまだまだ若手。現時点でこれだけ世界のファンに認知されているのであれば、今後伸びていく可能性が十分にあります。
今回2位で五輪代表枠を獲得したホーリー・ハリス & ジェイソン・チャン組(オーストラリア)も、なかなか結果がついてこなかった中で今回ようやくいい評価をもらえた印象がありますしね。
こういう「下積み時代」が必要なのが、アイスダンスという印象(偏見?)があります。
「アリサウ」(リトアニア)は無事五輪出場へ
枠を取るのがあまりにも当たり前すぎて、「アリサウ」ことアリソン・リード/サウリウス・アンブルレヴィチウス組(リトアニア)が無事優勝して五輪代表枠を獲得したことを書きそびれていました。
観る側は「余裕で優勝だろうから当たり前」と受け止めてしまいがち。でも、代表枠獲得決定後のアリソン・リード選手の感極まった表情を見ると、ボストンワールドRDで転倒してしまったことが彼女にとっていかに重くのしかかっていたかをしのばせました。

バックヤードでは姉のキャシー・リードさんと涙の抱擁シーンも撮影されていました。リード兄妹がまたもや五輪出場!ということでアリサウも応援したいと思います。
「五輪代表を決定する最終予選会」初の単独開催に思うこと
なぜ「五輪代表最終予選」が北京で単独開催されたのか?
これまで五輪代表の参加国を最終決定する予選会は、毎年9月にドイツで開催されるチャレンジシリーズ(CS)大会「ネーベルホルン杯」で行われていました。
どうやらネーベルホルン杯運営側に「五輪代表最終予選を兼ねる受け入れ態勢を備えるのは大変なので、別大会でやってほしい」という要望があったらしく(噂レベルの情報です)、今回は「五輪最終予選会」が単独で初開催されることになりました。
現在の世界情勢ではロシア・ベラルーシからの入国は中国の方が容易という事情もあったかもしれません。
そのため次の五輪最終予選も北京で開催されるのか、そもそも次回も単独の最終予選が行われるのか。いずれも現時点では不明です。
視聴する側の楽しさ&わかりやすさは向上
これまで五輪最終予選会を兼ねてきた「ネーベルホルン杯」はCS大会のため、普通に大会に参加する選手に五輪代表枠獲得を目指す選手が混じって参加する形になります。選手側もファン側も「参加者のうち、五輪代表枠がかかっている選手は誰と誰で、その中での上位は誰になるのか」を調べる必要がありました。
なので今回のように「五輪代表予選会」単体として実施されると、視聴者は「五輪の枠取り」にフォーカスできますし、結果も「何位までに入れば枠獲得」とわかりやすい。
またCS大会は一定の参加基準が求められますが、今回の大会にはフィギュアスケートがあまり盛んでない国の選手も多く参加。エクアドルの選手など、普段は見る機会があまりない選手たちの演技を見られる楽しみもありました。選手たち自身にも大きな大会を経験する良い経験になっていたように思います。
今後も五輪最終予選の独立開催はある?
フィギュアスケートは採点競技のため、「開催国への忖度が起きないよう、今後は利害のない国での開催を」という声も聞こえてきました。でも、「利害が発生する国になるかどうか」は半年前の世界選手権が終わるまでわかりませんし、そこをクリアするのは難しそうです。
今回たまたま前回の冬季五輪が開催された北京での開催となりましたが、「毎回前回の五輪開催地で開催するようにしたら?」という海外ファンの要望は気に入りましたね。2030年アルプス五輪の前年はイタリアで五輪最終予選が開催されたら、ファンの一人としては純粋に楽しい。

まぁこのへんはただのファンの妄想です(笑)
独立した「五輪最終予選会」は思いのほか充実していたので、ぜひ今後の五輪のときも独立実施してほしいと思いました