2026ミラノ・コルティナ冬季オリンピック(ミラノ五輪)で金メダルを獲得した「りくりゅう」こと三浦璃来/木原龍一組。その逆転劇は大きな反響を呼び、ペア競技としては異例ともいえる注目を集めました。
ペア競技の認知向上&普及に努めたいと常々発言してきた彼らとしては、このテレビ出演ラッシュは絶好の機会ではあるでしょう。しかし練習を積めないまま試合に臨むのは危険すぎるから、3月の世界フィギュアスケート選手権(プラハワールド)は欠場かな…と思っていたら、2/27に欠場の発表が出ました。移ろいやすいメディア&世間の関心を、今は最大限に活かしてほしいです。
なぜ彼らはここまで世間の心をつかんだのか?
今回は、ミラノ五輪での金メダル獲得に至るまでの歩みを公式演技動画とともに振り返りながら、その熱狂が生まれた構造を整理します。
前半では注目を集めた要因を整理し、後半ではペア結成前から現在までの軌跡を時系列で追います。長く応援してきた方も、今回の五輪で初めて知った方も、二人の歩みをあらためて辿ることができる内容になっています。
なぜ「りくりゅう」はここまで注目されたのか
「五輪金メダルなら注目されるはず」と思っていたが…
私は当初、ミラノ五輪で「りくりゅう」が金メダルを獲得できれば、メディアから注目を集めるだろうと期待していました。
しかし、ミラノ五輪の日本のメダル獲得数は24個と過去最多。金メダルの数は5個。2006トリノ五輪では荒川静香さんの金メダルに日本中が大きく湧きましたが、あの時日本が獲得したメダルは彼女の金メダル一つのみでした。
それを考えると、「りくりゅう」が金メダルを獲得したという事実だけで果たしてここまで注目されただろうか?という疑問がわいてきます。
個人戦フリーの注目度の高さへの驚き
「りくりゅう」は団体戦でSP・フリー共にPB更新する見事な演技だったのに、私の周囲ではさほど話題になっていませんでした。なのに個人戦フリー直後からは大勢が「演技を見て泣いた」とか、「試合を見ていた一同で拍手喝采だった」とか、熱い口調で語りかけてきたではないですか。
普段フィギュアスケートを全く見ない人たちが、そこまで真剣にあのフリーを見守っていたことに私は驚きました。そして痛感しました。
高い技術や芸術性だけでは、ここまで幅広い層には訴求しきれない。
何よりも人の心を動かすのは、「ドラマティックなストーリー展開」と「感情の爆発」なんだなと。
SPの絶望から金メダルへ──逆転劇の構造
「金メダル候補の絶望的な表情」が引き寄せた関心
フィギュアスケート競技が良くわからない層でも、個人戦SP直後の木原龍一選手が打ちのめされたことはわかります。
SP当日は「SP5位、メダル危うし」と大々的に報道されました。競技知識が無いと「せっかくの金メダル候補だったのに、5位発進だとメダルはもう無理なのか?」と思ってしまったかもしれません。

だからこそ、「あれほど絶望的な表情をしていた選手が、今日の決戦にどう臨むのか」を知りたくて、フリーに注目した人がかなりいたのでしょう。トリノ五輪同様、少し早起きすれば出勤・登校前に見られる良い時間帯でした。
フリーの日の「感情の暴走」が呼んだ感動
そこであれだけの演技ができたことも凄かったですが、その後の木原龍一選手の「感情の暴走」は、1998長野五輪スキージャンプ団体の日の原田雅彦選手を思い起こさせました。

あの団体ジャンプ競技程の条件は揃ってはいなかったかもしれないけれど、大きなミス⇒大逆転⇒金メダルという同様の流れ。そして、普段はストイックに競技に取り組んでいた「強いアスリート」の理性のタガが外れ、内に秘めていた生々しい感情がむき出しになってずっとあふれ続けているあの感じ。

今回はさらに、感情が爆発している木原龍一選手を優しく包み込む三浦璃来選手の姿も加わりました。これらが全て人々の記憶に強く残る一因になったように思います。

そう思うと、個人戦SPのリフトミスは壮大なドラマの大事な伏線として機能しました。「大衆が感動できるドラマティックなストーリー」になったことは、ペア競技への注目度を最大限に引き上げました。
「ストーリー」が「本物」であることの重要さ
だからこそメディアはアスリートの活躍を伝える際にストーリー性を重視しようとするのでしょう。
もし大衆受けしそうなエピソードがあれば、過剰なくらいにそれを取り上げる。怪我との闘い、ライバルとの交流、両親や恩師の支え、身近な人の悲劇etc.。感情が溢れている映像が撮れればそれを繰り返し流す。
それが感動を呼ぶこともありますが、メディアがストーリーを強引に作り上げていると感じることも少なくありません。
しかし、今回の「りくりゅう」のミラノ五輪個人戦にはそれがなく、純粋に試合の流れだけでストーリーが展開した。そして、その流れから二人の「本物の信頼関係」が見えた。だからこそ多くの人が心を打たれたんだと思います。
金メダル獲得後に色々と「ストーリー」を仕立て上げようとしているメディアもあるように感じますが、下手に調理せずにシンプルに提示してほしいです。

まだ紹介されていないエピソードも数多くあるし、素材自体が十分素晴らしいので、余計な味付けは不要です
彼らは北京五輪の頃からもっと広く知られていてもよかったはず、今回の反応は遅すぎます
木原龍一選手のシングル時代とペア転向
ここからは、「りくりゅう」の歴史を振り返っていきます。
私は伊藤みどりさん現役時代から全カテゴリを楽しく視聴してきました。日本のペアが世界フィギュアスケート選手権初メダルを獲得した、高橋成美/マーヴィン・トラン組の2012ニースワールドのことも覚えています。
二人の歴史を詳しくまとめた記事はこちら

入賞を目指していた彼らが、上位勢のミスもありSP3位発進。そして、フリー最終滑走でパーソナルベスト(PB)を10点も更新する演技。「まさかの銅メダル」に驚きキス&クライで大喜びする彼らの姿は脳裏に焼き付いています。
木原龍一選手のシングル時代の全日本選手権も記憶にありますし、高橋成美選手と組んで出たソチ五輪や世界選手権の初々しい演技もよく覚えています。

でも今思い返すと、パートナーがワールド銅メダリストとはいえ組んで1年でミニマムスコアを取って五輪出場資格を得るってとんでもないですよね?
当時は「シングル選手としての基礎技術があれば急ごしらえでここまで来れちゃうんだ~」って思っていた自分は考え無しでした
そこから長年、ペアスケーターとして成長を続けていく木原龍一選手の姿を見てきました。須崎海羽/木原龍一組の時代の平昌五輪SPは良い演技だったのですが、21位。あと一歩でフリーに進めなかった悔しさは覚えています。
(「ユーリ!!! on ICE」の曲で滑ったこともあってかなり話題を呼びました)
「りくりゅう」結成からの急成長も、コロナ禍で試合が消える
ペアの組み換えにより、「りくりゅう」が誕生したと知ったのは2019年。
初戦の2019NHK杯を見たコアなファンが「滑りの相性がいい。このふたりは上位入賞を狙える組になれる!」と興奮していたのをよく覚えています。

半信半疑だった私も、2019NHK杯の演技映像を見て「これは確かにイイ」と思い始めました
とはいえ、この時はワールドや五輪で金メダルを獲るペアになるなんて思ってもみなかったですけどね
その後四大陸選手権で8位入賞したものの、コロナ禍が拡大。彼らは拠点のカナダから帰国もできなくなり、試合も次々に中止。「伸び盛りの新結成組」が誕生したというのに「試合がない状態」に追い込まれます。
結局北京五輪前のシーズンでの試合は2021ストックホルムワールド(SP8位⇒フリー10位で総合10位)と国別対抗戦のみ。
ですが、ブルーノ・マルコットコーチの最新インタビューによると試合のなかったこの期間に二人はぐんぐん成長。ストックホルムワールドではジャッジから「彼らは何者?」と聞かれるほどだったとのこと。

その時の演技はこちらで見られます。
2022北京五輪のシーズンにトップクラス選手の仲間入り
2021-22の北京五輪シーズンでようやく国際試合が本格化。「りくりゅう」はグランプリシリーズ(GPS)大会ではスケートアメリカ(アメリカ大会)で2位、NHK杯で3位と好成績を残します。
「五輪入賞が狙えるかも?うまくいったら個人戦5位くらいに入れるんじゃないか?」という期待を持って北京五輪を迎えました。
そして、日本の五輪団体戦初メダルを獲得。(銀メダル確定は2年半後で、当時は銅メダル)

彼らの北京五輪での団体戦&個人戦の活躍がいかに素晴らしかったかは、先日の記事でも書いた通りです。
※下記記事で、北京五輪での彼らの活躍とその報道について感じたことについて詳しく語っています

2022-23シーズン以降はワールド銀⇒金⇒銀⇒金
ここからの4年間、「りくりゅう」はずっと世界のトップ争いを続けてきました。
北京五輪直後の2022世界選手権で、銀メダル
2022北京五輪以降、ペアのトップクラスを占めていたロシアペアは国際大会出場が認められなくなり、中国ペアも引退。「りくりゅう」はいきなりメダル争いをする選手に押し上げられた感がありました。
北京五輪直後の2022モンペリエワールドでは銀メダルを獲得。
優勝した組とは20点以上の差がまだありましたが、「ついに日本のペアが銀メダル!これは金メダルも将来夢じゃない!!」と大喜びでした。
2022-23シーズン 全試合優勝で世界の頂点に
2022-23シーズンでは、夏のアイスショーで三浦璃来選手が肩を脱臼、9月まで練習ができないという事態に追い込まれました。しかし、この調整遅れで逆に結束が強まったふたり。
その結果、2022-23は躍進のシーズンとなりました。GPS2試合、グランプリファイナル、四大陸選手権と、出る大会全てで優勝して世界選手権を迎えます。
この年の世界選手権は、さいたまスーパーアリーナでの開催。
残念ながらペアSPの日は仕事で行けなかったんですが、フリーの日は現地観戦してふたりのワールド初優勝の瞬間に立ち会うことができました。
しかし、フリーでは三浦璃来選手のサイド・バイ・サイドジャンプがダブルになり、後半のスロートリプルループで惜しくも転倒。三浦璃来選手は悔しさのあまり演技後に涙を流していました。
ただ金メダルを争っていたペアにもミスが複数出ていたこともあり(彼らはコーチの急病もあって大変な状況でした…)、私はSPでの得点差からいって「りくりゅう初優勝」をほぼ確信していました。

それでも点数が出て二人のワールド初優勝が決まったときは大感激でした
ついに日本のペアがワールドで優勝する日が来たと
キス&クライで悔し泣きをしている三浦璃来選手に力強い言葉をかけるコーチ&木原龍一選手の姿は、ミラノ五輪を見た後に見ると、立場が完全に逆転していて感慨深いです。
2023-24 腰椎分離症で長期戦線離脱も2024世界選手権銀メダル!
2023-24は、木原龍一選手が腰椎分離症に悩み、GPS全欠場となった苦しいシーズンでした。
四大陸選手権で復帰して2位。そして臨んだワールド。私はモントリオールで現地観戦しました。
SPの観戦記はこちら。場内のスタオベが凄かったことを熱っぽく書いています。

ただ、この時の演技の記憶は正直少し薄いです。というのも演技後の表彰式の記憶があまりにも強くて。
表彰式後、木原龍一選手が倒れて表彰式に出られないという事態になったからです。のちに運動性誘発喘息の発作を起こしたことが報じられましたが、当時は「健康上の理由で表彰式には出られません」としか会場にはアナウンスされなかったので、何か怪我でもしたのかと物凄く心配で。
当時の戸惑い&心配の気持ちが綴られた観戦記はこちら。
記事のアイキャッチ画像に使っている表彰式の写真には、銀メダルの台に「りくりゅう」がいません。

結局、後日にメダリスト3組揃っての「ペア表彰式」のやり直しが行われました。宇野昌磨さんファンの私としては、現役最後のフリーでミスが出てしまって表彰台を逃したショックを和らげてくれたありがたいセレモニーでした。

2024-25 2025世界選手権金メダルで世界王者奪還
2024-25シーズンは、ゆっくりと調整をしていった印象でした。
NHK杯ではミラノ五輪銀メダリストになった「メテベル」ことアナスタシア・メテルキナ/ルカ・ベルラワ組に次ぐ2位。グランプリファイナルではミラノ五輪銅メダリストになった「ハゼボロ」ことミネルヴァ・ファビアン・ハーゼ/ニキータ・ボロディン組に次ぐ2位となりましたが、スケートアメリカ(GPSアメリカ大会)、四大陸選手権では優勝。
そして迎えた2025世界選手権は、ボストンで現地観戦することができました。練習もたっぷり見られて大満足でした。
私、練習時のふたりがリンクインしてすぐに手をつないでバッククロスするところが大好物なんですよね。ものすごいスピード&スケーティングの滑らかさに毎回惚れ惚れします。

この大会では2位の「ハゼボロ」を0.71差でギリギリかわして優勝、世界王者の地位を奪還しました。フリーは若干のミスがあって得点が出るまではハラハラしましたが、このSPも保存版です。
現地でのペアSP&フリーの振り返りはこちらです。

帰国後にじっくり書いたペア振り返り記事はこちら。この時は表彰式にも出られてホッとしました。

2025-26 今季フリー「グラディエーター」初披露の衝撃
そして迎えたミラノ五輪シーズンの今季。
昨年9月に大阪で開催された「木下グループ杯」で今季フリープログラム「グラディエーター」を初めて見ることになりました。
当時の鑑賞記を読み返すと初見時はやはり、あのフィニッシュポーズに衝撃を受けております。

ミラノ五輪のフリーで良い演技をしてこのフィニッシュを迎えたら、一般層の間でめちゃくちゃ評判を呼びそうだなって思いましたよ
是非そういう未来が来てほしい!
こう書いていたことが実現して本当に嬉しいです。

まさかSNSにあのフィニッシュポーズの真似を試みる一般人動画が溢れるようになるとは思いもしませんでしたが
「SP逃げ切り型」からの進化
長らく「SP逃げ切り型」だった「りくりゅう」
こうやって過去の演技の記録や動画を改めてチェックしていくと、彼らは「SP逃げ切り型」だったことがよくわかります。
彼らは高いレベルの技を着実に決めてGOE(技術の出来栄え点)で稼ぐタイプというよりも、スピードのある滑りでPCS(演技構成点)を稼ぐ傾向が見られました。ジャンプやデススパイラルなどで取りこぼしが出がちなフリーでは技術点が伸び切らず、SPのリードとPCSの高さでライバルの追随をギリギリかわす勝負の連続でした。
世界選手権やGPFで優勝したときの総合スコアでは5点以上の差をつけたことはなく、僅差での優勝が多かったです。
なのにミラノ五輪個人戦では、そのSPでリードを確保するどころか7点近い差をつけられてしまった。
木原龍一選手があれだけショックを受けたのも無理はありません。

「約7点差を挽回したフリー」の持つ意味
今季は優勝が続いているがいずれも僅差だったし、年末の全日本選手権では三浦璃来選手の肩の脱臼もありました。なので、私は「ミラノ五輪はメダルはほぼ確実に取れるだろうけど、金メダルは厳しいかもしれない」と期待し過ぎないようにしていました。
彼らは「ミラノ五輪金メダル候補筆頭」ではあったけれど、決して「金メダル安泰」ではなかった。
なので、いくら好調が伝えられていたとはいえ団体戦フリーでほぼ完ぺきな演技が出来たのには本当にびっくりしたんですよ。

「今までフリーで技を揃え切ったことなかったんだから、そりゃ155.55行くよね」と納得。必然の結果でした
でも一方で、「なぜこの神演技を個人戦にとっておいてくれなかったんだ…」というのが正直な気持ちでした
「個人戦フリーであれだけの演技をもう一度できる」とは、期待はしました。でも、信じ切ることはできませんでした。団体戦フリーで155.55は出してはいますが、それまでのフリーPBは147.89です。他のライバル組は同等かそれ以上のPBを持っています。
今まで完全クリーンなフリーをほとんどできなかった彼らが、団体戦から中1週間のきつい日程で、2連続でクリーンにやり遂げた。演技の勢いは団体戦の時の方があったかもしれないけれど、技はさらに着実に決めて来た。
本当に「一世一代の演技」だったと思います。

ブルーノ・マルコットコーチのインタビュー良かったのでこちらも是非

ここまでの演技を見せてもらえると、「これで完全燃焼してしまったかな…」という点だけが心配です。

3月のワールド出場辞退にはホッとした気持ちが大きかったですが、私の中には「あと1~2シーズンは彼らの異なる競技プログラムを見たい」という気持ちはあります
今後については春に結論を出すとのことですが、現役続行にしろ休養にしろ引退にしろ、まだまだ人前で滑ってペアの魅力を世間に伝えてくれることを祈りたいです
「りくりゅう」について触れた過去記事はこちらからどうぞ


