名古屋IGアリーナで開催された、2025年のフィギュアスケートグランプリファイナル(2025GPF/GPF2025)観戦記5本目は、男子シングルフリーについて。
SP首位の鍵山優真選手と3位イリヤ・マリニン選手の差は約15点──この点差が、フリーでどう動いたのか?現地でのエピソードも含めて振り返ります。
佐藤駿選手の演技時に生まれた会場の一体感も、この日の男子フリーを語る上で欠かせない場面でした。
2025名古屋GPFリザルト
※出場者リスト・スケジュール・採点結果などの一覧です
ジャンプ不調が響いたミハイル・シャイドロフ選手
ジャンプの調子は上がりきらずだったが…
昨季のボストンワールドではジャンプが安定し、自信に満ちたパフォーマンスを見せていたミハイル・シャイドロフ選手(カザフスタン)。今季は初戦のデニス・テン杯こそ好調だったものの、その後今一つ調子が上がり切らず。GPFも結局彼らしい笑顔があまり見られないまま終わりました。
フリー冒頭、彼の代名詞である後半に4回転ジャンプをつけるコンビネーションジャンプも、今回はトリプルサルコウでとどめました。その後4回転トゥループで乱れるなど、正確さが強みだったジャンプが今大会はSP・フリー共にやや不安定でした。

ただ、採点表を見て驚いたんですが、後半のスピン・ステップは全てレベル4で揃えていました。
これまでの彼は精度の高いジャンプで荒稼ぎするけれど、スピン・ステップのレベルは…という選手。今大会は各種認定が全体的に甘かった印象はあったものの、それでもこれだけレベルを揃えていたことには驚きました。前半のスピンのレベル3以外は全てレベル4。これまでの彼の演技からすると驚く結果です。
それでも強みのジャンプが精彩を欠くと点は伸びず、今回のフリーは自己ベストより20点以上低い170.89になりました。ポテンシャルは高い選手なので、五輪に向けてゆっくり調子が上げられるといいなと思います。
フリーは新衣装に変更
そういえば彼もフリーはおそらく新衣装に変えてきていました。
ブルーの新衣装も美しいですが、私は前の個性的なド派手な衣装が彼らしくて好きだったのでちょっと残念です。SPをDUNEに戻したので、SP・フリー両方が黒系衣装でかぶってしまうのを避けるためでしょうか?
旧衣装はこちらです
色んな衣装を作ってもらえるのはいいけど、きっとお国の期待を背負っていろいろ大変なんでしょうね…
アダム・シャオ・イム・ファ選手の急変
前半の神がかった演技から一転…
アダム・シャオ・イム・ファ選手(フランス)のフリー演技の前半は、絶好調でした。
高く飛び上がり、美しい軸を保って降りて来る見事な4回転ルッツ。前半に4回転を3種4本を固め打ちする構成ですが、それが全て見事に成功し、前半4回のジャンプ技術点だけで56.47点を獲得!

「これは、『SPで大きく出遅れたあとの神アダム』の覚醒パターンがまた来るのか?」ーと思わせました
しかし、前半最後のトリプルアクセルの着氷乱れから、ジャンプが一気に乱れます。
トリプルアクセル2本目も乱れて、あわや大減点となる「REPEAT」(同種単独ジャンプの繰り返し違反)になりかけます。なんとかスリージャンプ(ワルツジャンプ)をつけて「REPEAT」を回避しましたが、ラストジャンプのトリプルルッツまで乱れてしまいました。
それでもスピンステップでオールレベル4を取り、しっかり魅せ切るところはさすがでしたけれどね。

前半のジャンプを固め打ちし過ぎて集中が切れたのか、スタミナが切れたのか?前半と後半でのジャンプ確度の落差があまりにも大きかったです。
フリーの得点は180.15。今季SBはフランス大会ですが、あの時は後半のスピンが今一つだったので、ジャンプ以外の部分は今回が一番良かったように思います。
フリー衣装は黒基調に変更
彼のこれまでのフリー衣装は、白&グレーを基調としたデザイン。
演技後半で胸元の布を下ろすとミケランジェロの絵画「アダムの創造」の、「神とアダムの手がふれあい、神がアダムに命注ぎ込む瞬間」の絵が現れるーという仕掛けをしていました。
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でもこれ、配信映像でも「手」がよく見えなくてですね…。

「これ会場で観てる人で『アダムの創造』の手が出てきた!ってわかる人ほとんどいないんじゃ…」とずっと思っていました。
今回彼は、衣装のベースの色を黒に変更。私はアリーナ前方の観客席にいましたが、出現した「手」は肉眼で確認できました。
ただ滑り初めの時点で既に神の手の方が少し見えているのは気になりましたけどね…そのあたりはこれから改良してくるかな?
衣装チェンジの前の写真では神の手は既に見えていた
ダニエル・グラッスル選手の「教皇選挙」
クリーンな演技はフリー2位!
続いては、ダニエル・グラッスル選手(イタリア)の演技。

ドーピング検査3連続スルー事件からの出場停止1年を経て以来、私は彼の演技を毎回少し複雑な気持ちで観てはいます。ですが、地元イタリアで開催される五輪シーズンに映画「教皇選挙」の音楽を持って来るなんて、目の付け所はおもしろいなと感心しています。
昨シーズンでもフリーに「Billy Elliot(映画では「リトル・ダンサー」)」を起用していました。映画の世界観を表現するのが好きなのかもしれません。
フリーの4回転はルッツ、ループ、サルコウの3種がそれぞれ単独で3回。どれも危なげなく決めました。かなり調子を上げているようです。基礎点が高かったこと&ジャンプの着氷で加点を稼げたこと、スピン・ステップでもオールレベル4で加点を稼いだことでフリーは194.72で2位、総合スコアは288.72。フリー・総合ともにPBで、総合4位に入りました。

正直言って、全選手の演技が終わったときに「ええ、彼がフリー2位?」と驚いたのですが、PCSは83.86と全選手中5位でした。
(それでも彼比ではかなり上がってきています)
ジャンプ基礎点&GOEの積み重ねの勝利ですね!
ミラノ五輪は彼の母国イタリア開催、今大会で五輪メダル候補の筆頭格に加わった印象ですね。今の調子を五輪まで維持したいところです。
「衣装変化」の効果はいかに
全ジャンプを終えたあと、彼は上着の前をはだけて十字架らしき飾りが胸元に描かれた部分をあらわにするーという演出をしています。
今回彼の演技を初めて見たらしい人たちが周囲に結構いらしたのですが、見る角度によっては何がどうなったかがさっぱりわからなかったようです。演技終了後のリプレイ映像で衣装の胸元を開けるシーンが流れて初めて、「あ~なるほど!」と納得されていました(笑)
イリヤ・マリニン選手の「とんでもない夢構成」
フリーは「4回転6種7本入り構成」に挑戦
今大会のイリヤ・マリニン選手(米国)は、「リスクをとってでも記録を目指す姿勢」で一貫していました。
SPでは「4回転アクセル-3回転トゥループ」という、決まれば世界初となるコンビネーションジャンプに挑戦したものの、成功ならず。フリーでは昨年のGPFで挑戦した「4回転ジャンプ全種・合計7本の成功」に再度挑んできました。
2024GPFでの「初挑戦」は苦い結果
覚えている人も多いかと思いますが、マリニン選手は昨年のGPFフリーでも「4回転7本投入」に挑戦しています。

4回転ルッツの1本目では転倒したものの、後半にコンビネーションジャンプの1本目で4回転ルッツを着氷。「世界で初めて4回転6種全てを着氷したフリー演技」に見えた観客は、かなり盛り上がっていたのを記憶しています。
しかし、これほど超高難度構成を最小限のミスで滑り終えたのに、このフリーの得点は186.69点にしかなりませんでした。
アンダーローテーション(回転不足「<」)を4つ、軽微な回転不足「q」を4つもとられて、減点の嵐。後半のステップやスピンでもレベル4を揃えられずだったのが要因です。

この時のフリー1位は、188.29をマークした鍵山優真選手でした。
2024GPFでは4回転フリップ、トゥループ、サルコウの3種4本に挑みましたが、サルコウがダブルに、終盤のトリプルフリップ-トリプルループのセカンドジャンプがダブルにそれぞれ抜けています。

「4回転アクセルを含む7本を跳び、うち6本で着氷していても、4回転3本でまとめた演技には負けることがある」という興味深い結果でした。
といっても2024GPFではSPでの点差があったため、総合ではイリヤ・マリニン選手の優勝となりました。
昨年のリベンジは果たせるか?
フリー演技は冒頭から気迫が感じられました。無駄な力みが感じられないジャンプで、軽々と跳んでいきます。SPではステップアウトした4回転アクセルをフリーではいとも簡単そうに下りた瞬間、「これは昨年の挑戦をついに成功させちゃうかも?」という予感を覚えました。
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演技中も暫定得点表示が気になる観客たち
私の座っている席は前方だったため、モニターを見ようと思うとリンクから目線を外して上を見上げないといけません。私の周辺の観客が演技中にリンクから視線を外してわざわざモニターを見上げるのは、ごくわずかなタイミングのみでした。
しかし、イリヤ・マリニン選手のフリーでは、彼がジャンプを決めるたびに周囲の観客がモニターを見上げる回数が非常に多かったたです。
「何の4回転を跳んだのか」「今何本めの4回転を跳んだのか」を逐次確認しながら演技を見たい人が多かったのだろうと思います。

かくいう私も2~3回モニター上の暫定得点表示を確認しました
ファーストジャンプが全部4回転なのは肉眼でわかりましたが、自分の目が信じられなくて(笑)
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Record score. Third title. Quad God status confirmed. ⚡️🔥
— ISU Figure Skating (@ISU_Figure) December 6, 2025
Ilia Malinin reigns again in Nagoya.
Read it all here 👉 https://t.co/C926YnSTeS#GPFigure #FigureSkating pic.twitter.com/C7Or5rrSk5
驚異の採点表
こちらが、見事昨年のGPFのリベンジを果たしたイリヤ・マリニン選手のフリー採点表です。
とんでもないですね。これをナマで観ちゃったのか(笑)。

得点は238.24点。フリーだけで、各国のトップ選手の総合スコア並。私が選手なら気持ちが折れそう…
スピードと幅のあるジャンプや腰&膝を使った深いエッジを好む私にとって、イリヤ・マリニン選手の滑りやジャンプのスタイルは私のお気に入り路線からは少し外れています。
でも、ここまで異次元レベルの技を繰り出されると本当に驚嘆しかありません。素直に「スゲー!」と思い、「凄い瞬間に立ち会えたこと」を喜びました。

場内騒然の中、クリーンな演技を決めた佐藤駿選手
独特の空気感に支配された演技開始前
イリヤ・マリニン選手の演技直後の場内は、それはもう騒然としていました。佐藤駿選手がリンクインしてきたのにもしばらく気づかなかったほど。
視界に彼が入ってきて初めて、私は「次は佐藤駿選手じゃないか!こんな空気感で彼は大丈夫だろうか?」と急に不安に襲われました。彼が大きな国際大会ですごい演技直後に滑った経験が一度もないことが不安だったからです。
日下匡力(くさかただお)コーチは落ち着いて「大丈夫、ここは日本だ」と彼に声をかけていました。(後で放送を見て確認しました)私は日下コーチのようには落ち着いてふるまえず、ただただ不安でした。
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落ち着いた演技スタートから、徐々に盛り上がる観客
でも、冒頭の4回転ルッツが決まった段階で、彼が落ち着いて演技をしていると感じられました。静かな気迫が伝わってきます。
どのジャンプも見事に決まり、「これまでに見た中でもっともいい演技では?」と思わせる流れ。
後半のステップに入るあたりでは観客のボルテージが上がり、スタンディングオベーションを待ちきれないかのような観客の拍手が沸き起こりました。いつもは淡々としたイメージが強い佐藤駿選手も、それに応えるかのような熱の入ったステップを披露します。
彼が珍しくガッツポーズで演技を終えると、会場はほぼ総立ちに。


この時の会場の一体感は凄かったですね。観客一同が、彼の奮闘を称えていました。
あのマリニン選手のとんでもない演技のあとに、これだけの演技ができるなんて!
PBの要因の一つは、スピン・ステップのオールレベル4
これは高い得点が出るだろうと思ったら、194.02とフリーPBを更新!
総合292.08もPBスコアです!
キス&クライの注目度がますます上昇!
そして、日下コーチは今回も結果に大喜び!
もはや世界のフィギュアスケートファンからコーチのリアクションが期待されています(笑)
ISU(国際スケート連盟)は「キス&クライ リアクション最優秀賞」を贈呈(もちろんジョークです)
Award for the best Kiss & Cry reaction goes to Shun Sato‘s coach 🥳 #GPFigure #FigureSkating pic.twitter.com/P1JupfgFZK
— ISU Figure Skating (@ISU_Figure) December 6, 2025
(この時撮影していたカメラマンは日下コーチと佐藤駿選手のコンビが世界的に注目されていることを知らなかったのでしょうかね?「ここで佐藤駿選手の1ショットズームインなんて、世界のニーズを無視し過ぎでは?」って思いましたw)
Sato Shun's coach reactions are unmatched! 🇯🇵😆🙌#GPFigure pic.twitter.com/mjkvGrq3s9
— The Olympic Games (@Olympics) December 6, 2025

GPF前に私が見かけた海外掲示板では、
「シュンのコーチは、もしシュンがミラノ五輪でメダルを獲ったら成層圏まで飛んでいっちゃうんじゃない?」
とまで言われていたほどです(笑)
教え子の好結果を素直に喜ぶ姿は、見守る側も幸せな気持ちのおすそ分けを貰えて嬉しいです。
佐藤駿選手は感情がわかりやすくは表に出ないタイプ。これまでの彼は、海外の人からすると感情が見えづらいため感情移入しづらかったのではないかと思います。
しかし、こんな風に横で大喜びするコーチを嬉しそうに見ている佐藤駿選手を見ることで、彼への親しみも徐々に増してきているんじゃないかなと思っています。
鍵山優真選手は、フリーをまとめきって目標の300点超え達成
最終滑走は、鍵山優真選手。
おそらく場内の空気感からマリニン選手がとんでもない得点を出したことは彼にも伝わっていたでしょう。
でも私は「国際大会での経験豊かな彼なら、落ち着いて演技ができるはず」と思えたので、佐藤駿選手の時よりは落ち着いた気持ちで演技を見始めることができました。
冒頭の4回転サルコウは美麗でしたが、次の4回転トゥループの着氷が若干乱れたため、次のジャンプを2回転に変更。
ーここまでは宇野昌磨ファンなら見慣れた展開なので動揺はしません(苦笑)。
後半のジャンプのセカンドループジャンプがダブルになったり、トリプルアクセルの着氷がベストではなかったりと、「鍵山優真選手比」では若干の物足りなさは残りましたが、この大舞台で大きなミスなく最後までまとめきりました!
フリーの得点は、それでも193.64。まだまだ伸ばせます。五輪本番まで上げて行けばいいのです!
PBを出したSPの得点が効いて総合点は302.41。今季GPSでの目標に掲げていた300点を超えることができました。
1~4位は昨年のGPFと全く同じメンバーに
気が付けば、昨年のGPFと全く同じ並びの表彰台でした。それどころか、1~4位までが全く同じ顔触れ。


でも4名の点数は全員20点以上上がっています。…すごくないですか?
表彰式で気づいたこと
表彰式ではモニターを見る機会が多かったのですが、私はそこで初めてマリニン選手のフリー新衣装に「襟」がついていることに気づきました。

フリー衣装は「前の衣装の方が好みだったな~」と思っていたのですが、上半身のみをアップで撮るとこの新衣装は「闇の帝王感」があっていいですね。
いや、彼は悪の勢力でもなんでもないのですが、衣装が黒っぽいので「闇」と思っただけでして…威圧感のある帝王らしさが感じられるようになってきたーという意味です(笑)。
男子フリーの振り返りはここまで。女子はもう少し軽い振り返りにするかもしれません。試合展開は凄く面白かったですが、「まさか」の展開が多くてちょっと精神的には疲れましたし。
…といってももっと疲れそうな全日本フィギュアスケート選手権が、もうすぐそこまで来ていますけどね(苦笑)。



