ボストン滞在記<11>女子フリー “新旧の女王”を包んだ観客の熱気と坂本花織選手の涙/五輪最終予選の行方

国旗を背にリンク上で笑顔で記念撮影する女子シングルメダリスト達3名

2025世界フィギュアスケート選手権現地観戦の振り返り、今回は女子フリーです。

最近宇野昌磨さん関連記事を連続投稿していて、さすがに記憶が少し薄れてきているので一部の演技は動画を見返しながら印象的だった演技を振り返りました。合間には9月のミラノ五輪最終予選の展望も交えています。

整氷中のトークタイムに登場したレジェンドスケーターや表彰式前のエピソードまで、話題てんこもり。結構な長文です。

2025世界フィギュアスケート選手権リザルト(総合)
2025世界フィギュアスケート選手権女子フリー採点表

現地観戦直後の記録はこちら

目次

前半グループ

女子フリーは、3/28(金)18時(現地時刻)からの開催。前半は食事休憩で席を外す方も若干いましたが、後半グループではスタンド席最上段まで見事に満員でした。

エカテリーナ・クラコワ選手(ポーランド)

前半グループで最初のスタンディングオベーションは、エカテリーナ・クラコワ選手でした。
彼女の今季フリー「キャッツ」は確かにショーマンシップに満ちたプログラムですが、ボストンの観客がまさかここまで盛り上がるとは!

北京五輪前後はユーロ5位⇒4位と勢いのあるシーズンを過ごせていましたが、その後ジャンプの回転不足に苦しみ、2024年のユーロではまさかのSP落ち。キュートな魅力を持つスケーターなのに、このまま沈んでしまうのかと心配していましたが、踏みとどまっています。

このプログラムは最初紫色の衣装で演技をスタートし、途中で白い衣装にカラーチェンジする演出があります。衣装の色が変化した瞬間、ボストンの観客が素直に「おおおおお」と声を上げて驚いていたのが新鮮でした。

「なるほどこの瞬間に肩で留めた部分を解いてチェンジしてるのね…」って冷静に観察してた私は周囲との温度差に戸惑いましたが、素直なリアクションがあるのは滑ってる側じゃなくてもいい気分です(笑)。

懐かしのフローラン・アモディオさん(向かって右)がコーチ陣にいるので、男子シングルファンにもちょっと嬉しいキス&クライ

構成の弱さ&回転不足を取られたこともあり点数は伸びきらずFS18位、総合20位。でも会場の声援をあれだけ浴びられれば一定の手ごたえは感じられたのではないでしょうか。今大会でポーランドの五輪出場枠も確定できましたしね。

ララ・ナキ・グッドマン選手(イタリア)

次の五輪はイタリア開催ララ・ナキ・グットマン選手にはこの大会で10位以内に入り、イタリア2枠を確定してほしいと願っていました。

しかしSP14位と出遅れたので、相当頑張らないと厳しい状況。

観客へのメッセージは「Live in the moment」その時その瞬間を生きる

後半のトリプルルッツで転倒、その後のトリプルループも乱れたのが痛かったです。フリー11位で総合13位で2枠はならず。スポーツに「たられば」は禁物ですが、後日開催された国別対抗戦のような演技ができていれば2枠獲れてただろうな…とつい考えてしまいます。

イタリアは男子も3枠ならずで2枠だし、女子も2枠ならずで1枠、期待のアイスダンスも表彰台に届かず

ペアでコンマチ(サラ・コンティ/ニッコロ・マチー組)が銅メダル獲れたからまだよかったけど、イタリアのファンにとってはさんざんなワールドだったかも…

イタリア若手のアンナ・ペゼッタ選手はスピード&幅がものすごいコンビネーションジャンプを跳ぶのが魅力の選手。この二人での国内代表争いを見ないといけないのか…と思うと既にイタリアの国内予選にハラハラしてしまいます。

女子シングル五輪最終予選の展望

ミラノ五輪の女子シングル出場枠は残り5
数はペアやアイスダンスより多いのですが、実質の残り枠は1です。

というのも、ボストンワールドSPでまさかのSP落ちをしてしまったアナスタシヤ・グバノワ選手(ジョージア)と、足の手術をして今季序盤から休養中のルナ・ヘンドリックス選手(ベルギー)が五輪最終予選に参加する見込み。さらに「中立アスリート(AIN)」としてアデリーナ・ペトロシアン選手(ロシア)、ヴィクトリア・サフォノワ選手(ベラルーシ)まで出て来るのも決定したからです。

※中立アスリートのふたりはどちらも今季国内SB200点超えてます

そして、移籍でもめているヴェロニカ・ジリナ選手が出て来る可能性もあります。彼女はアゼルバイジャン国籍は取得したものの、ロシアが手放さず宙ぶらりんになっていたのを重く見たのか、7月4~5日のISU評議会で審査するそうで。ISUが認めればアゼルバイジャンから五輪最終予選出場可能となります。

(彼女はロシア政府&軍に近いエフゲニー・プルシェンコ コーチについているのですが、ロシア&ベラルーシ以外の国籍ならば中立性は問われないみたいですね…それもどうなんだか)

ヴェロニカ・ジリナ選手も4年前のジュニア時代に217点近くを出しています。彼女が出場するとなったら、残り枠5は200点超え経験のある選手たちで埋まります。彼女らの現状の実力は試合に出てこないとわかりませんし、ルナ・ヘンドリックス選手の回復具合によっては中堅選手たちにもチャンスはあります。

でもこの5名以外の技術レベルを考えると、彼女たちが安定してできる技術構成で挑めば十分出場枠を勝ち取れるのではないかと思います。

ケガで今季ほぼ欠場なのにボストンワールドの宣伝にでかでかと使われていたルナ・ヘンドリックス選手(ちょっとせつなかった…)

残り枠を獲得したい中国の女子選手(誰になるのかは?)、エストニア2番手のエヴァ=ロッタ・キーバス選手、スウェーデンのヨセフィン・タリエゴール選手あたりにとってはかなり厳しい闘いとなりそうです。

整氷中トークタイム 89歳のレジェンド&クリスティ・ヤマグチ登場

クリスティ・ヤマグチさんがすぐそばに!

この日、私は席のすぐ側の通路を通って、後方のボックス座席にクリスティー・ヤマグチさんが入って行ったのを目撃していました。伊藤みどりさんのファンだった私にとっては「みどりちゃんのライバル」としての記憶が強く残っています。おそらく彼女が整氷中のトークタイムに出て来るんだろうなと予想。

間近で姿を見ることができたので満足した私は、女子フリー整氷タイムはトイレ休憩で席を離れました。でもロビーにモニターがあったおかげでトーク中の雰囲気だけは楽しめました(笑)。音声は聞こえなかったですけどね。

左端は司会のアシュリー・ワグナーさん、右端はベンジャミン・アゴストさん

ちなみに黒髪&黒のパンツ姿がクリスティー・ヤマグチさん。美しい白髪でピンクのスーツ姿の女性はテンリー・オルブライトさんです。私、オルブライトさんは全く存じ上げなくて現地ではスルーしてしまったのですが、帰国後調べてみたらとんでもないレジェンドでした

「御年89歳のレジェンドスケーター」のとんでもない経歴

五輪は1952年銀メダル、1956年金メダル。1953&55年のワールド2回優勝。引退後はハーバード大学で医学を学び外科医になり三児の母となったスーパーウーマン。マサチューセッツで生まれ育ちボストンスケーティングクラブ出身。そりゃゲストに呼ばれますわ!!!

彼女が金メダルを獲ったのはコルティナ・ダンペッツオオリンピックなので、来年のミラノ・コルティナダンペッツオ五輪のフィギュアスケート関連の紹介VTRなどに登場してもおかしくないですね。御年89歳とはいえ凄くお元気そうでしたから。

英語版wiki読んだら、スケート始めたきっかけはポリオに罹患し、麻痺を防ぐための療法の一環だったそうで…(フィギュアスケートは運動機能回復&維持のための理学療法やリハビリに用いられていたそうな)

ポリオに罹った少女がアスリートになって五輪金メダル獲って外科医になり…って、「昭和半ばの設定盛り過ぎた少女漫画かよ!!」って思いました。

最終前グループ

そしてここからは後半。まずは最終前グループから。

キム・チェヨン選手

SPの波乱により、優勝候補だった二人の選手が早々に登場します。一人目は、SP11位のキム・チェヨン選手

いつもなら「“私、失敗しませんので”モード」で淡々と技を決めていく無機質感が逆に「味」になっているスケーターですが、この大会では調子が悪いながらも懸命に滑っているのが感じられ、「なんとか頑張ってほしい」と応援する気持ちがいつも以上に強くなりました。

女子SP振り返りの時に紹介しましたが、彼女は「ボストンワールド前に交通事故に遭って腰を痛めていた」と韓国内で報道されています。実際に公式練習でも彼女の調子はよくなくて、「怪我でもしているのだろうか?それとも連戦の疲れが出ているのだろうか?」と私も心配していました。

腰の痛みを抱えながらも、ミスは後半のルッツなどの最小限にとどめてフリー9位、総合10位に順位を上げました。練習の様子からもっと悪い結果も覚悟していたので、彼女の勝負強さが出たなと思いましたね。

同じ韓国のイ・ヘイン選手が総合9位だったので9+10=19<13で韓国3枠ならず。6位+7位とか3位+10位とかでも3枠いけたので、3枠は十分射程圏内でした。チェヨン選手が本調子であれば…と思わずにはいられません

五輪の韓国3枠目には来季ジュニアから上がって来るシン・ジア選手が入るかな?と思っていましたが、これでシン・ジア選手の出場もわからなくなりました。韓国には優秀な女子選手が多いだけに本当にこれは勿体ない。

アンバー・グレン選手

SPでのトリプルアクセルが回転不足&転倒となり、9位スタートとなったアンバー・グレン選手。フリーではトリプルアクセル決まってほしいと祈りながら演技を見始めました。

演技開始前のコーチとの時間はどの選手を見ても緊張するけど、アンバー・グレン選手の時の緊張は格別

冒頭のトリプルアクセルは何とか降りてホッとしました。観衆は大喝采!今大会ではこれが最初で最後の女子のトリプルアクセルですからね!

その後も緊張した雰囲気の中で演技は進みましたが、終盤のトリプルフリップがダブルになったとき、「ああ…」と観客の緊張の糸が切れた感覚がありました。

フジテレビSPORTSがアンバー選手の演技動画SPフリー両方上げてたのに気づいたのでSP振り返り記事にも動画追加しておきました

前半のトリプルルッツのコンビネーションに「q」がついたこともあって点数は伸び切らず138.00、FS4位で総合順位は5位。米国女子の中では3番目の成績です。彼女がフリーで完ぺきな演技をしたら表彰台に手が届くかもーと期待していましたが、そう都合よくはいかず。

私はこの時点でアリサ・リウ選手は表彰台確実だろうと踏んでいたので、2016ボストンワールドのグレイシー・ゴールド選手(一番手として優勝を期待されていたが4位)とアシュリー・ワグナー選手(銀メダル)の対比を思い出し、ちょっと気分が沈みました

ワールドメダルの有無は大きいので、ようやく表彰台のチャンスを掴んだベテランのアンバーにここでメダルを獲らせてあげたかったです…

でも近くの席の米国人客は皆、私が日本人だから坂本花織選手を最も応援してるものと思い込んで話しかけてくるんですよね。その都度「私は彼女と同様にアンバー・グレン選手も好きで応援してるんですよ。アンバーが実力を発揮しきれなくて私、超ショックです…」と説明を繰り返しました。

私、何なら周囲の米国人観客よりアンバーに肩入れしてたかも?…って思います(苦笑)。ミラノ五輪代表の座をつかみ取って、来季は五輪かチャンピオンシップ大会でメダルを手にしてほしいです。

最終グループ

マデリーン・スキーザス選手(カナダ)

第一滑走は、まさか?の最終グループ入りを果たしたマデリーン・スキーザス選手

冒頭のトリプルルッツからのコンビネーション冒頭がダブルに抜けてしまい、もったいなかったです。その後も着氷ギリギリ?なジャンプがいくつかありましたが、持ちこたえて終了。

記憶に強く残っているのは演技そのものよりもキス&クライです。

結局フリーは121.61で11位、総合11位だったのですが、総合での暫定順位表示からの順位計算を間違えたようでカナダの出場枠2が確定したものと一瞬勘違い。大喜びするも、すぐに2枠を逃したことに気づき一転しょんぼり。その急転直下ぶりが気の毒で。

今のカナダ女子シングルは「1強」イメージが強いので、彼女が「2枠確保」の目標にそれほど強い責任感を持って挑んでいたと知り驚きました。

坂本花織選手

SP5位だった坂本花織選手も、早々に登場です。

でも昨年のモントリオールワールドも同様の展開でした。この位の位置でフリーに臨む方がプレッシャーも少なくて実力を発揮しやすいかもしれない。頼むよケオリ!という心境です。

選手たち&私の緊張とはよそに、背後では陽気なアメリカ人観客が「♪Come on Babe~」と「All That Jazz」の出だしを歌い始めてます(笑)。

SPのときに「抜け」があったことで、逆にフリーはいい演技が見られるのではとの期待がありました

ケオリ・サカモトは「優勝が期待されている米国女子選手のライバル」ではありますが、何といっても3連覇しているスーパースターなので大人気

SPよりはスピード感があるように思える出だし。ジャンプが決まる度に大きな歓声が上がり、後半のルッツコンビネーションが決まったあたりで絶叫する人多数、声援のボルテージは最高潮に。まだトリプルループ残ってるっつーのにちょっと落ち着け…ってぐらいの絶叫(笑)。

最後のスピンの最中に大勢の観客がフライイングスタオベし始め、そりゃあもう熱気が凄かったです。モントリオールワールドでのスタオベも凄かったけど、ボストンは1万8千の観客席超満員だったからパワーが段違い。

これだけの大声援を受けクリーンに演技を仕留められたのは、本当に気持ち良かったでしょう。演技前半、彼女の緊張が伝わってきていただけに、四連覇がかかったこの舞台でよくぞ最後までまとめきった、彼女の勝負強さに私も大喝采でした。

上記の公式youtubeのコメント欄では、最初のルッツの際に両手を上げて喜ぶショートサイド最前列男性客が終始ノリノリだったと話題になっていました。

でもね、ああいう風にはじけまくってる観客があちこちにいたんですよ。私の後方席の観客も興奮しまくってました。(私も興奮してたけど、盛り上がると息を呑んじゃうタイプなので超静かにw)

ただ、彼女がキス&クライに座ると採点に対する不安感が出てきました。

ダブルアクセルからのトリプルサルコウへの3連ジャンプはギリギリかな…と現地でも思ったので、「q」で済めばいいなと願いました。しかし結果は「<」判定、GOEもマイナス0.39。全日本選手権で目の前で見られた彼女の3連ジャンプの幅&テンポは本当にとんでもなかったので、「ここがホッケーサイズのリンクでなければな…」と思いましたね。

後半のトリプルフリップートリプルトゥループのコンビネーションは現地では回転不足を疑わなかったので、採点表に「q」がついててちょっと驚きました。この「q」がついたことで加点1.5ぐらいが減ったことになりますね。これが無ければフリー1位だったかもしれませんが、総合ではやはり届かなかったでしょう。

PCSは9点台が1つだけでした。NHK杯では3要素とも9点台半ばが出ていたことを思うと「低い」と感じますが、今季は国際大会のPCS3項目平均は全て8点台なんですよね。NHK杯のPCSが飛びぬけて高かったといえます。

Skating Skillsは9.14と全選手中一人だけの9点台で、次点のアリサ・リウ選手のSS8.67点に0.5点近くの差をつけています。

つなぎ部分が濃密なプロだけあって、Compositionも全選手中トップの8.96。(アリサ・リウ選手は8.61)Comosition9点台でもいいのではと思ったので低いなと感じましたが、過去の彼女のAll That Jazzと比較するとこの点になってしまうのでしょうか。

Presentationは8.89と伸び悩みました。アリサ・リウ選手のPresentationは9.04。前半の演技に見られた若干の固さが評価の差かなと推測しています。

樋口新葉選手

私の好きだった樋口新葉選手の今季フリー、ケイト・ブッシュの「Running up that hill」の演技もこれで見納め。

程よい緊張感をもってスタートしているように見えました。「冒頭のルッツトゥのコンビネーションジャンプがqくらいで済めば、ひょっとして表彰台に手が届くかも…」と期待したのですが、後半のループ2本目の着氷が乱れてコンビネーションを付けられず。

最後のフリップにダブルトゥループをとっさにつけてリカバリーしましたが、ループ2本目が「REPEAT」扱いになったうえ「<<」のダウングレードで基礎点も下がって、わずか0.42点しか入らなかったのはかなり痛かったです。

でも、ループの着氷が乱れた時「やっちゃった~!」と言う感じの、ある意味余裕のある表情が見えたので、演技後半に私が焦ることはありませんでした。「この落ち着きがあれば、この後のステップで締めてくれるだろう」と確信できましたね。実際、彼女のステップの点数はメダリスト達全員をしのぐ、全選手中トップの得点をマークしています。

フリー演技ラストポーズでひざまずいて上に両手を伸ばす樋口新葉選手
演技後の彼女はミスを悔やむよりも、久々のワールドで演技をやり終えた喜びに満ちていました

ループのミスが無ければ、冒頭のコンビがせめて「q」になっていれば、4位には入れたでしょう。SPの滑走順がもっと後ろだったら、表彰台もありえたかもしれません。

でも演技後の彼女の表情は清々しい感じでした。彼女はたぶんもっと先を見据えている。ノーミスとはいかなかったけれども、久しぶりのワールドで納得できるレベルの演技ができた自分の凄さをちゃんと認めている

2018年以来のワールド表彰台に上る彼女を見たかったのはやまやまなのですが、演技後のスッキリとした表情&暫定首位席にいた坂本花織選手との涙の抱擁は、ボストンの想い出として深く刻まれました。

イザボー・レヴィト選手(米国)

続いてはイザボー・レヴィト選手の登場。前年のワールド銀メダリストですし、クリーンな演技をすれば表彰台の確率は非常に高い。

ただ、足の怪我でGPS2戦目以降からずっと試合に出ていなかったので、フリーを滑り切る体力が戻っているのかには不安が残っていました。練習は好調そうでしたけど、練習じゃスタミナの具合わかりませんからね。

すると、冒頭のトリプルフリップートリプルトゥループのコンビネーションジャンプでいきなり転倒してビックリ。彼女のメダルを期待していたボストンの観客は物凄く残念そうにしていました。

ただでさえスタミナを心配していたのに、ファーストジャンプで転倒して後半の体力持つのか?ーと益々心配が募りましたが、彼女は冒頭のミスを引きずることなく演技を立て直していきました。一度静まり返った観客も徐々に熱気を取り戻していき、最後には冒頭の転倒をすっかり忘れたかのような大歓声が響く中、彼女は演技を終えます。

ルッツのエッジのアテンション&「q」が1つつきましたが、スピンステップオールレベル4で136.51。アンバー・グレン選手に続くフリー5位、総合では4位。あの転倒が無ければ間違いなく2大会連続の表彰台だったでしょう。

来季は怪我無く五輪を迎えてほしいところですが、アメリカ国内の代表争い熾烈ですからね…ワールドで2年連続で結果を残した点からかなり有利になったとはいえるかと思いますが、彼女と言えども100%五輪代表確実とは言い切れないのがアメリカ女子の層の厚さですね。

千葉百音選手

続いて登場するのは千葉百音選手。SPのドナ・サマーとはうって変わってしっとりした曲調のフリーです。

SPの時とは打って変わって、観客の反応はおとなしめ。一つ一つの技が一見クリーンに決まっていくのですけど、何だか観客を掴み切れていない印象は受けました。

しっとりした曲でもボストンの観客は盛り上がる時は盛り上がります。母国選手のライバルであっても人気選手には大きな声援を送ってくれる観客なのに、ずっと静かで周囲の観客のリアクションもほとんどなく…

若手が熱狂的な応援を受けるには「Take On Me」みたいな強引な飛び道具は必要なのか?とか後で考えちゃいましたよ…

その会場の空気感に影響されたのか、クリーンな演技だったにもかかわらず私はあまり高揚感を感じらませんでした。「ジャンプの回転不足複数取られそう」との危惧から自己抑制していたせいもあるかとは思います。得点出た時にガッカリしたくなく予め下方予想する感じと言うか…

「ギリギリ表彰台入れるぐらいかな?イザボー銅か彼女が銅か、どっちだろう?」と思っていたので141.80という点が出た時には正直驚きました。アンバー・グレン選手を上回るフリー3位、この時点でメダルが確定です。「え、余裕でメダルのスコアやん…?ホント!?」って。

それでも採点表見ると「<」(アンダーローテーション)が2つついてるのできっちり回転不足は取られてるんですよね。レベルを取りこぼさず全ての要素でGOEを着実積み重ねたことによって、多少の回転不足による減点をものともしない得点力を身に着けていました。

アリサ・リウ選手(米国)

最後に真打ち登場!という感じで、アリサ・リウ選手がにこやかにリンクに登場します。

彼女は6分間練習のときから一人だけ平常心のまま試合に臨めている印象でしたので、クリーンな演技をしてきそうだなという予感はビシバシ感じていました。練習時の動きはいいし、全米選手権の時のようなスタミナ切れは起こさなそう。回転不足気味のジャンプを連発でもしない限り、坂本花織選手も上回って来るかもなと。

いい意味で肩の力の抜けた演技でした。シーズン前半は回転不足を取られがちだったジャンプも、いい感じで次々に決まっていきます。

まるでアイスショーで滑っているかのように、程よい自信に満ちた空気感が最初から強く、「失敗しないだろうか?」という不安感を観客に与えません。

坂本花織選手のとき、限界値まで盛り上がったように思えた観客席でしたが、そこを超える熱狂が広がっていきました。演技が進むにつれ歓声が大きくなっていき、最後のダブルアクセルを下りた後は観客も優勝を確信。ニースライドはあたかも彼女のウィニングランのようで、観客の絶叫っぷりが凄かったです。

彼女の滑りは北京五輪直後のアイスショーTHE ICE(ザ・アイス)で見たことがありますが、当時の印象とは全く別人のようにすら感じます。陽の成分をキラキラまき散らしながら滑ってるような感覚、以前は全然覚えなかったのに、休んでいた期間の彼女に一体何が起きたんだろう?と思うほど。見る者にパワーを振りまく系の演技でした。

演技後の坂本花織選手とアリサ・リウ選手

ロシア女子が席捲していた北京五輪までの数シーズンを一緒に戦ってきた坂本花織選手とアリサ・リウ選手。

最終滑走者の演技終了直後、観客も私も坂本花織選手もアリサ選手の優勝を確信していました。演技が終わった時点で坂本花織選手は既にティッシュを取り、涙をぬぐっていました。そして、演技を終えて彼女の近くにやってきたアリサ・リウ選手を祝福します。

でも、抱き合っている最中にその涙は違う涙に変わったーと彼女が後日のインタビューで語っています。先日発売されたフィギュアスケートLife Vol.36内のインタビュー記事です。

アリサ・リウ選手の演技について感じたこと、演技後の心境の変化、表彰式の時に考えていたことを詳しく語っています。あのインタビューを読んでから当時の写真や映像を見返すと何とも言えない気持ちになります。

現地での優勝者インタビューで、「坂本花織選手と抱き合っていた時に何を話していたのか?」と聞かれた時、アリサ・リウ選手が「私たちは一緒に過ごしてきたから色々あるのよ。詳しくは秘密ね(超意訳)」とうまくかわしていたのも好印象でした。二人にしか通じない何かがあったんだろうと思います。

1~6位を日本&アメリカ勢が占める結果に

結果、1位米国、2・3位日本、4・5位米国、6位日本と1~6位までを日米2か国だけで占めるという凄い結果になりました。ここ数年あれほど強かった韓国選手が入賞圏内にいないなんて、昨年のワールドの時は誰も想像できなかったのでは。

https://results.isu.org/results/season2425/wc2025/CAT002RS.htm より



資格停止処分騒動などのゴタゴタにキム・チェヨン選手の不慮の事故などが重なってしまった結果とはいえ、五輪前の大事な大会でこういう結果になってしまったのは残念です。

ずっとあの暫定首位席に座って演技を観続け、アリサ・リウ選手の文句のない演技を見て打ちのめされていた坂本花織選手。カメラに撮られていないときも涙をぬぐっていました。

結局一度もバックヤードにはけることなく、アリサ・リウ選手を祝福し、一度脱いでいたスケート靴に履き替え…表彰式までわずかしかない時間の中で少しずつ心の整理をつけていったように見えました。

前代未聞の四連覇世界女王としてではなく、挑戦者として五輪に臨めることになったのは坂本花織選手も私もポジティブに受け止めています。五輪シーズンとなる来季は高難度技を入れて来る選手たちがぐっと増えるでしょう。だからこそ坂本花織選手が完成度を高めて勝つ可能性もあれば、技術点で水をあけられてしまう可能性もある。

「完成度勝負」の色彩が濃い女子シングルの試合の傾向に大きな変化が生まれるのでは?と踏んでいます。

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国旗を背にリンク上で笑顔で記念撮影する女子シングルメダリスト達3名

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