「木下グループ杯2026」には、4シーズンにわたって国際大会から離れていたロシア・ベラルーシの選手たちがAIN(中立アスリート)として出場。ロシア勢は8個のメダルを獲得して、高い競技力を示しました。
ただ、大会後のロシアメディアの報道記事に目を通してみると、「ロシア勢はやっぱり強かった!」だけでは終わっていません。
高難度ジャンプを多数跳んでも期待ほど伸びなかった男子のPCS、ロシア国内の「格付け」とは少し違った評価…アイスダンスでは国内採点との点差が約50点もあった組もいました。
4シーズンにわたって国内大会だけで競ってきたことは、選手たちにどんな影響を及ぼしたのか?
今回は、木下グループ杯後にロシア国内で出た記事や反応を取り上げながら探っていきます。
高難度ジャンプだけではPCSは伸びない? ロシア男子への厳しい評価
私はここ4シーズンのロシアのフィギュアスケート界は最小限の情報程度しか追っていません。ロシア語はさっぱりわからないので、木下グループ杯2026関連のロシア国内の報道記事は自動翻訳機能を使って、硬軟取り混ぜて読んでみました。時折不自然な翻訳も見られたので、正しいニュアンスをつかみ切れていないところがあるかもしれませんが、記事の骨子は理解できているかとは思います。
私が目を通した記事の中で、ロシア男子について特に詳しく分析していたのが、下記のSport24の記事です。
ロシア選手は最高難度の構成を見せたが、元ジュニアにPCSで約10点負けた。本当にそんなに悪いのか?(Sport24)
記事では、4年間の国内競技を経てロシア男子のジャンプ技術が大きく進歩した一方、国際大会では高難度構成が高いPCSには直結しなかったことを指摘しています。
ソ・ミンギュ選手とロシア3選手の4回転本数とPCS比較
木下グループ杯FSでは、4~5本の4回転を組み込んだロシア男子より、4回転2本のソ・ミンギュ選手がPCSで大きく上回りました。

こちらが、木下グループ杯2026男子シングルフリーのPCS比較です。フリー1位だったソ・ミンギュ選手(韓国)とAIN(※ロシア)3選手がフリーで実施した4回転の本数、PCS三項目の点数、総合点数を記載しました。
| 選手 | 4回転 | Composition | Presentation | Skating Skills | PCS |
|---|---|---|---|---|---|
| ソ・ミンギュ | 2本 | 8.45 | 8.65 | 8.40 | 84.91 |
| エフゲニー・セメネンコ | 4本 | 7.70 | 7.90 | 7.70 | 77.59 |
| ウラジスラフ・ディキジ | 4本 | 7.75 | 7.75 | 7.75 | 77.43 |
| ピョートル・グメンニク | 5本 | 7.45 | 7.65 | 7.50 | 75.26 |
ミンギュ選手のPCS3項目はいずれも8点台。しかしロシア男子のPCS3項目は全員7点台にとどまり、PCSの総合点数では、7~10点近い差がついています。
ジャッジにはわかりやすい表現力と音楽性、ストーリー性が必要?
上記の記事では、このような分析をしています。
※本記事内のロシア語記事の引用はGoogle自動翻訳そのままではなく、筆者がAIツールで翻訳を検証したうえで読みやすく整えたものです
私たちは「技術が高ければ自動的に構成点も上がる」と考えがちですが、実際はそうではありません。歴史を見ても、技術的に優れていても勝利が保証されなかった例があります。(中略)
ジャッジが求めているのは、その選手らしい表現、音楽性、そしてストーリー性です。しかし4年間、閉ざされた環境で競技してきたロシアの選手たちは、まだそれらを十分には示せていません。ロシア選手は最高難度の構成を見せたが、元ジュニアにPCSで約10点負けた。本当にそんなに悪いのか?(Sport24)より
このあたりの記述には、なるほどと思いました。確かに優勝したジキジ選手は、今回の大会の中では「個性的な表現力と、プログラムのストーリー性」が一番強かったかもしれません。

PCSが低いのは「国際ジャッジに知られていないから」?
ところがこの記事内では、ロシア男子のPCSが伸びなかった大きな理由として、4年間国際大会に出ていなかったため「国際ジャッジに知られていない」ことが強調されていました。
ジャッジが意図的に点数を抑えているわけではありません。単に、まだロシアの選手たちを知らないのです。
ロシアの選手たちが国際大会に定期的に出場し、自分たちの実力、そして同じくらい重要な個性や独自のスタイル、持ち味を見せるようになれば、PCSも上がってくるでしょう。これは時間と演技を重ねることの問題です。
ロシア選手は最高難度の構成を見せたが、元ジュニアにPCSで約10点負けた。本当にそんなに悪いのか?(Sport24)より
確かに、長く国際大会から離れていたことがPCSに影響した可能性はあるでしょう。

でも、「それだけがPCSが低い原因?」という疑問は残ります
フリー1位だったソ・ミンギュ選手はこれがシニア国際大会のデビュー戦。「シニアで高い評価や格付があった」とはいいがたいです。それに、国内外のフィギュアスケート掲示板を見ると、ロシア男子のスケーティングやスピンについては課題を指摘する声は数多く出ています。
現地で演技を見た観客の一人として正直にいうと、ジャンプ間のつなぎやスケーティング能力などには物足りなさは感じました。
3人全員が4回転ジャンプを3種以上投入できるのは凄いと感じたし、スケーターごとの個性も感じられましたが、私はロシア3選手とソ・ミンギュ選手とのPCSの点差には納得できました。

なので、ロシア記者の「国際ジャッジに認知されてきたらPCSは上がってくる」という主張は、そのままは受け入れづらいです。
確かに複数種類の4回転ジャンプを入れてまとめる演技を続けているとPCSが上がってくる印象を受けることはあります。過去に「PCSが技術点(TES)に連動し過ぎでは…」との批判めいた感想を書いたこともあります。
それでも、ミハイル・シャイドロフ選手(カザフスタン)のPCSはTESに連動して伸びてきているとまでは思えません。複数種の4回転を入れ続けられるスケーター全員に「TESに連動してPCSが上がる」という現象が起きるようには見えません。

「PCS上昇を目指すには、スピンやステップなどにも定評があるオールラウンダーを目指すしかないのでは?」と個人的には思います
国際的な「格付け」を失った一方、国内の格付けは正しかった?
そして木下グループ杯では、男子シングルでの件とはまた異なる興味深い現象も起きました。
ロシア国内ではそこまで高く評価されていなかった選手が、国内以上の評価を受けたケースです。
象徴的だったのが、女子のカミラ・ネリュボワ選手でした。
ロシアのフィギュアスケート界は改革が必要|国際大会復帰を果たした我が代表から得られた5つの教訓(Sport-Express)

上記の記事では、Sport-Expressのドミトリー・クズネツォフ記者が木下グループ杯初日を受けて、かなりストレートに書いています。
国内大会では評価が低かったカミラ・ネリュボワが、日本ではSPでアレクサンドラ・トルソワとアンナ・フロロワを上回りました。もちろん、これはたった一つの大会のSPに過ぎませんが、その意味を読み取るには十分です。彼女のPCSはこれまで出場したどのロシア国内大会よりも高く、極めて珍しいケースでした。
これを受けて、ロシア国内でもネリュボワの得点が上がるのが自然でしょう。しかし、国際大会の出場枠が現在少なく、その獲得競争が特に激しいロシアで、果たしてそれは実現するでしょうか?
国内ヒエラルキーは変わらなければならない――ロシア選手の国際大会復帰から見えたこと(Sport-Express) より引用
太字強調を加えたのは筆者
ネリュボワ選手は木下グループ杯SPで76.08点を獲得し、AIN2(ロシア)選手中最上位の3位でした。
この結果は、ロシア国内では「異例の評価」と受け止められました。つまり、このSPでは、国内で形成されてきた「選手間格付け」とは異なる評価が出たということです。
飛込競技の五輪金メダリストで、現在はスポーツジャーナリストとして活動するエレーナ・ワイツェホフスカヤ氏も、自身の投稿でかなり踏み込んだことを書いています。
ワイツェホフスカヤ氏が、ネリュボワの得点をロシア国内の採点基準と比較して評価(Championat)
「フィギュアスケートのコーチたちから、『ジャッジパネルに自分たち側(自国)のジャッジがいない方が演技しやすい』という言葉を何度も聞きました。特にアイスダンス関係者からよく聞いた言葉です。ロシア国内のアイスダンスには、常に非常に強固なヒエラルキーがあったからです」
ワイツェホフスカヤ氏が、ネリュボワの得点をロシア国内の採点基準と比較して評価(Championat) より引用
さらにネリュボワ選手について、
「今日のカミラ・ネリュボワの演技は、まさにその一例です。点数を細かく見なくても、国際ジャッジが彼女のスケートをロシア国内のジャッジよりもはるかに高く評価していることがわかります。
なぜそうなるのかは明らかです。ロシア国内では、トゥトベリゼの選手たちはプルシェンコ・アカデミー、CSKA、サンクトペテルブルクの選手たちと競い合っています。一方、ネリュボワと非常に若いコーチのダリア・グレエワは、皆にとって邪魔な存在です。
彼女たちには後ろ盾になる人がいない。だから特に気を遣う必要もない、というわけです。ジャッジの誰かを不快にさせるつもりはありませんが、私にはまさにそう見えます」
と、かなり踏み込んだ発言をしています。
要は、所属するクラブやコーチの力関係が、国内ジャッジの評価に影響していると指摘しているのです。だから、「国内での評価」と「国際大会での評価」が同じにならないのだと。

ロシアには、ここまではっきりと「国内ヒエラルキー」の存在を問題視する発言をしているジャーナリストがいるとは…と驚きました
ペアでも国内序列とは違う結果に
ペアでも女子シングル同様の興味深い反応がありました。
ロシア国内のペアは、「ボイコズ」ことボイコワ/コズロフスキー組が、「チクヤン」ことチクマレワ/ヤンチェンコフ組より上に評価されることがほとんどでした。しかし、木下グループ杯SPでは、国内序列では「ボイコズ」より下に位置していた「チクヤン」が首位に立ちました。
- チクマレワ/ヤンチェンコフ組 72.30
- ボイコワ/コズロフスキー組 72.25
Ekaterina Chikmareva and Matvei Ianchenkov lead the pairs short program with a 72.30 at Kinoshita Group Cup ✨ pic.twitter.com/hHF1mkRdGL
— In The Loop (@InTheLoPodcast) September 6, 2026
結局フリーで逆転して優勝したのは「ボイコズ」でしたが、FSのPCSでは、わずかながら「チクヤン」が上回っています。(ボイコズ 67.95、チクヤン 68.09)
ロシアメディアはペアSPの順位について、女子SPよりもさらに大きな驚きを持って受け止めていた印象を私は受けました。
このあたりを詳しく検証しているのが、下記のChampionatの記事です。
ネリュボワ、ボイコズ、チクヤン、ロシアアイスダンス勢など、木下グループ杯の振り返り記事(Championat)
ただ、この記事…「ボイコズ」の点数が辛かった原因を、コズロフスキー選手による“ミラノ五輪での「りくりゅう」の得点は高すぎ”発言に対する「日本人ジャッジからの報復」をほのめかしてる点はいただけません(苦笑)。

「証拠はないが」と断りを入れているあたりは、ロシア記事の中では良心的な方ですけどね
私はロシアペアの表彰台独占には異論はないものの、現地で見たときにスケートの伸びなどに若干の物足りなさは感じたので、これを読んで「いや~ないわ…原因は他にあるでしょうに」と思いました
とはいえ、女子やアイスダンスを含めた国内外の採点の違いについては、実際の採点表を比較しながらかなり詳しく分析されており、読み応えのある記事です。自国の選手に誇りを持ちつつも、ロシアのメディアが国際大会での「厳しい」採点をどう受け止めようとしているのかを感じることができます。
興味のある方は、日本語翻訳をかけてご一読ください。
最も大きな「答え合わせ」になったアイスダンス
今回、国内と国際大会の評価の違いが最も大きく表れたのはアイスダンスだったかもしれません。
Sport-Expressの下記の大会前予想記事でも、「アイスダンスは、ロシア国内のスコアが反映されるかどうかがもっとも難しいカテゴリー」だと書かれていました。
ロシア選手は木下グループ杯でどう評価される? 大会前の予想記事(Sport-Express)
その懸念は的中。ロシアのアイスダンス3組とも、木下グループ杯では国内評価を大幅に下回る得点となりました。
3組がそろって出場した2026年3月のロシアGPファイナルと比較すると、約30~50点も下回っています。
- カガノフスカヤ/ネクラーソフ組 216.05点 → 184.81点(約31点減)
- パセチニク/チリザノ組 202.99点 → 172.71点(約30点減)
- ミロノワ/ウステンコ組 204.36点 → 154.56点(約50点減)
ロシア国内大会は国際大会よりかなり高い得点が出ることは有名ですし、国内外のフィギュアスケートファンはもちろん、本人たちも国内大会のような高得点は出ないと予想はしていただろうと思われます。
それでも、約50点もの差が出たミロノワ/ウステンコ組にとっては予想の範疇を超えてしまっていたようです。
上記でも紹介した、Championatの大会後に採点を分析した記事によると、
ウステンコ選手はキス&クライで「一体何のためにここに来たんだ、ちくしょう」と叫んだ
と書かれています。
しかも、今大会で世界選手権のミニマムスコア(CTES)を取れたのは、2位に入った「カガネク」ことカガノフスカヤ/ネクラーソフ組のみでした。
Vasilisa Kaganovskaia and Maxim Nekrasov deliver a gorgeous free dance, and win the silver medal at Kinoshita Group Cup with an overall score of 184.81 🥈 pic.twitter.com/2O4MiQ73g9
— In The Loop (@InTheLoPodcast) September 7, 2026
Championatの大会振り返り記事は、最後にこうまとめています。
ロシアの選手たちは、国内大会では多くの選手にとって見慣れた得点を携えて東京にやってきた。しかし、海外ではその「いつもの評価尺度」がもはや通用しないことが明らかになった。
(中略)
今、選手たちは最も困難な課題に直面している。それは、国際舞台での「評価実績」を一から築き直すことだ。
そして、今後の大会で、東京での採点(木下グループ杯)が一度きりの異例だったのか、それともロシアのフィギュアスケーターにとって新たな現実となるのかが明らかになるだろう。
Championatによる大会後に採点を分析した記事より引用
ロシア報道が伝えるとおり、木下グループ杯で出た採点傾向が今後も続くのかどうかは、私も注目しています。
「閉じた評価環境」はロシアだけの問題ではない?
今回、木下グループ杯に関するロシアファンの反応も知りたくて、掲示板も一部覗いてみたのですが…ロシアのフィギュアスケート掲示板での木下グループ杯に関するやりとりの中に、共感を覚えるものがありました。
ネリュボワが3Aでパンクしてしまったのは残念。決まっていれば表彰台争いもできたかもしれない。日本ではかなり高く評価されていたし、これからはロシア国内でももう少し高い点をつけてもらえるようになるかも。
こういうのは、日本のフィギュアスケートファンの間でもたまに見られるような書き込みだなと。

国内序列では「下」とされていた選手・組が海外で受けた高い評価を喜び、「これで国内での評価も変わるかも?」と期待する声
国は違えどファンが考えることは同じなのかも…
日本はロシア・ベラルーシのような出場制限は受けていませんが、諸事情によりカップル競技は国際大会への派遣機会が限られている印象があります。「閉じた評価環境」にならないためにも、多くの組が国際大会に出場して、国際評価を受ける機会が増える時代が来ればいいなと願っています。
もちろん、ジャッジ傾向は大会ごとに変わりますし、国際大会のジャッジが常に正しいという話ではありません。それでも国内大会だけでなく複数の国際大会で評価を受けて異なる物差しによる比較材料が増えることは、選手自身が自分の評価と実力を把握するうえでも、今後の日本代表を選んでいくうえでも大きいと考えるからです。
木下グループ杯2026で久しぶりに「外の評価基準」に触れたロシアの反応を追っていると、そんなことを改めて考えさせられました。


