9月4日(金)から東京辰巳アイスアリーナ改め田中貴金属アイスアリーナで開催される「ISUチャレンジャーシリーズ(CS)木下グループ杯2026」。
開幕直前になって、男子シングルの出場選手をめぐる気になる情報が入ってきました。
ロシアメディアで、当初出場予定だったマルク・コンドラチュク選手に代わって、ウラジスラフ・ジキジ選手が木下グループ杯に出場すると報じられたのです。
9月1日にはロシアのスポーツメディア「Championat」が、ジキジ選手がコーチのオレグ・タタウロフさんとともに日本へ向けて出発したと報道。この時点では誰との交代かは明らかにされていませんでした。
その後、ロシアメディア「Sport-Express」などは、ジキジ選手がマルク・コンドラチュク選手に代わって出場すると報道しています。

コンドラチュク選手のAIN(Individual Neutral Athlete=個人の中立選手)資格に一時的な問題が生じたことが理由ではないかとの報道も出ていますが、ISUから交代理由についての正式な発表はまだ確認できていません。
本記事公開時点(9月2日21時現在)のISUの木下グループ杯エントリーでは、男子AIN2の本エントリーはピョートル・グメンニク、マルク・コンドラチュク、エフゲニー・セメネンコの3選手のまま。ジキジ選手とニコライ・ウゴジャエフ選手は「S(Substitute)」として掲載されていました。
日本スケート連盟(JSF)の大会公式サイトでは、コンドラチュク選手が出場予定選手として掲載されていたため、記事公開時点ではまだ「コンドラチュク選手からジキジ選手への変更が正式決定した」とは言えない状況でした。
<9/2 23時追記>
その後、ISU公式サイトのエントリーが更新され、ジキジ選手が本エントリーに入り、コンドラチュク選手の名前が削除。ロシアメディアで報じられていた通り、コンドラチュク選手に代わってジキジ選手が出場することがISU公式エントリーでも確認できました。
なお、日本スケート連盟の大会公式サイトでは、23時現在まだコンドラチュク選手が掲載されています。
世界中のフィギュアスケートファンの間でもこの件が話題になるなか、私は別のところが気になりました。
では、なぜ大会直前でもジキジ選手への変更ができるのでしょうか?
そして、山本草太選手と千葉百音選手の欠場が発表されているのに、なぜ日本からは代わりの選手が出場しないのでしょうか?
今回は、ISUの資料や過去のCS大会の事例を調べながら、CS大会の補欠登録の仕組みを整理して、日本から今から代替選手が出場することは可能なのかまで探っていきます。
ジキジ選手は最初から「補欠」だった
今回、突然ジキジ選手の名前が出てきたわけではありません。
先ほど紹介したISUの男子エントリーを見ると、AIN2からは当初、ピョートル・グメンニク、マルク・コンドラチュク、エフゲニー・セメネンコの3選手が本エントリー。
その下に、ウラジスラフ・ジキジ、ニコライ・ウゴジャエフの2選手が「S」と記載されています。ISUのエントリー表では「S=Substitute」、つまり補欠です。

今回の変更は、あらかじめ登録されていた補欠を大会直前に繰り上げたということになります。
<9/2 23時追記>
前述通り、9/2 23時の時点ではコンドラチュク選手の表記は消え、ジキジ選手が出場との情報に更新されています

一方、日本選手は男子も女子もSubstituteの登録はありません。


日本の山本草太選手と千葉百音選手はそれぞれ怪我を理由に欠場が発表されており、上記の一覧からは既に削除されています。
AIN2はあらかじめ補欠を登録していた一方、日本は補欠を登録していなかったということです。
日本は出場人数が多いから補欠を置けなかったのか?
まず疑問に思ったのは、日本は開催国としてすでに通常の出場枠を超える人数をエントリーしていたため、Substituteを設定できなかったのではないか?ということでした。
2026-27シーズンのChallenger Seriesについて定めたISU Communication 2780を確認してみたところ、各ISU Memberが各大会にエントリーできるのは原則として各カテゴリー3人・3組まで。ただし、開催国の出場人数にはこの制限がありません。
the participation of the host member is not limited(開催国の参加人数には制限がない)
と明記されています。
実際、昨季の木下グループ杯でも、日本男子は友野一希、山本草太、三浦佳生、中村俊介、壷井達也、垣内珀琉の6選手がエントリーしていました。
ひょっとして、開催国が3人を超えて本エントリーした場合は、Substituteを置けなくなるのでしょうか?
しかし、過去のCSを調べてみると、そうではないことがわかりました。
過去には「開催国5人+補欠」の実例も
2022年にカザフスタンで開催されたCS大会「デニス・テン・メモリアル」の当初エントリーでは、開催国カザフスタンの男子は、
- ラハト・ブラリン
- ディアス・ジレンバエフ
- ニキータ・クリボシェエフ
- オレグ・メルニコフ
- エリッセイ・ボルコフ
の5人が本エントリー。さらにミハイル・シャイドロフ選手がSubstituteとして登録されていました。女子でもカザフスタンから4選手が本エントリーし、イェバ・ナボジェンコ選手がSubstituteに入っています。その後、当初補欠だったナボジェンコ選手は実際に大会へ出場し、ISUのサイトに掲載されている大会リザルトにも名前が掲載されています。
※初期エントリーの公式情報は残っていないため、こちらとこちらで確認しました
つまり2022年のCS大会には、開催国5人+補欠1人、開催国4人+補欠1人という実例があります。少なくとも、「日本はすでに3人を超える選手をエントリーしていたから、補欠を登録できなかった」ということではなさそうです。
では今から日本の代替選手を出すことはできない?
ここまで調べると、次に気になるのは「日本は補欠を登録していなかった以上、もう代替選手を出すことはできないのか?」ということです。
調べてみると、必ずしも不可能ではないようです。
2026-27シーズンのCS大会について定めたISU Communication 2780には、
Late entries will need the approval of the ISU Vice President Figure Skating.
とあります。
つまり「Late entry(締切後のエントリー)」も制度上想定されており、その場合はISUフィギュアスケート副会長の承認が必要とされています。
木下グループ杯のエントリー締切は8月7日20時(日本時間)でした。事前にSubstituteとして登録されていたジキジ選手のケースとは事情が異なりますが、「補欠を登録していなかったから、今から日本選手を追加することは制度上不可能」ではなさそうです。
もちろん、これほど大会直前の時期に締切後のエントリーが認められることがありうるのか、そもそも追加出場を申請する意思があるのかはわかりません。あくまで規定上では、追加出場は100%不可能ではないというだけです。
私はもともと「特別強化選手だけ?」とは思っていた
実は木下グループ杯の参加日本選手が発表されたときから、個人的には少し残念に感じていました。
日本は開催国なので3人という出場枠の制限を受けません。せっかく国内で開催されるCS大会なのだから、普段なかなかシニアの国際大会に出る機会を得られない強化指定選手にも出場してほしい、と思っていたからです。
以前の記事でも書きましたが、私が当初期待していたのは「プレ全日本」のような大会ではなく、国際大会への出場チャンスが少ない選手が、国内開催のCSで国際ジャッジの前で滑るところでした。

とはいえ、シーズン全体の国際大会派遣計画や強化費など、外からはわからない事情もあるでしょう。そのため、アイスダンス以外のエントリーが特別強化指定選手のみになったことについては、「やむをえない事情もあるのだろう」と受け止めていました。
ただ、今回CS大会の補欠の仕組みについて調べてみて、新たな疑問が出てきました。
補欠を用意しなかったことに、何か事情はあったのでしょうか?
例えば、今季のNHK杯の派遣選考会に参加したものの、選出されたメンバーの次点だった強化指定選手などを補欠登録しておく選択肢はなかったのでしょうか…?
(奇しくも今日、NHK杯の男女シングルの未定枠決定のニュースが出たので追加で埋め込んでおきます)

国際大会の機会が少ない選手にとって、ISUの公認記録が残るCS大会に出られるのは、大きなチャンスです。何らかの事情があったのかもしれませんが、補欠登録という選択肢を最初から持っていなかったことには、少しもったいなさを感じてしまいます。
千葉百音選手の欠場で「女子は8人ギリギリ」?
もう一つ、今回の千葉百音選手の欠場をめぐって気になったことがあります。
SNSなどで「これで女子はCSとして成立する最低参加人数の8人ギリギリになってしまったのでは?」と心配する声をいくつか見かけました。
確かに、AIN2の3選手を除いて数えると、
日本3人
韓国2人
アゼルバイジャン1人
メキシコ1人
アメリカ1人
で、ちょうど8人になります。
私も「そういえばAINはCSの成立人数を計算するにあたって、どういう扱いになるのだろう?」と気になり、改めてISUの規定や今季の大会を調べてみました。
CS大会の男子シングル・女子シングルに設定されている最低参加要件は
- 最低8人の参加者がいること
- 最低4つのISU加盟団体が参加すること
という二つの条件が設けられています。
ここでポイントになるのが、ここでいう「参加者」にAINの選手も含まれるのかということです。
AIN選手もISUの公式エントリーに出場選手として掲載され、実際に競技へ出場すれば公式リザルトにも順位がつきます。私が確認した範囲では、この最低参加要件にある「8人の参加者」を数える際にAIN選手を除外するという規定は見つかりませんでした。
そのため木下グループ杯女子については、AIN2の3選手を含め、千葉選手欠場後も11人がエントリーしていると考えるのが自然なのではないかと思います。
また、もう一つの条件である「最低4つのISU加盟団体」については、AIN2を除いても日本、韓国、アゼルバイジャン、メキシコ、アメリカの5つのISU加盟団体が参加しています。
なので、「あと1人欠場したら女子がCSとして成立しなくなる」とまでは言えなさそうです。私はこの点については少し安心してもよいのではないかと思います。
それでも開催国が補欠を用意する意味はありそう
とはいえ、今回の女子が直ちに成立の危機にある人数ではないからといって、補欠を用意する意味がないわけではありません。
前述したとおり、CSにはカテゴリーごとに最低参加人数・最低参加ISU加盟団体数が決められています。
成立条件の詳細についてはこちらの記事にまとめています

そして大会直前の怪我や体調不良による欠場は、決して珍しいことではありません。今回の木下グループ杯でも、すでに日本選手を含め複数の欠場者が出ています。
開催国があらかじめ補欠を登録しておくことには、自国の選手に国際大会への出場機会を残すだけでなく、各カテゴリーがCSの最低参加要件を安定して満たすためのリスク管理としても意味があるのではないでしょうか?

補欠登録って大事なんだな…と今回改めて思いました
なぜ日本は補欠を登録しなかった?
四大陸選手権や世界選手権では補欠登録をするのが通常ですが、CS大会では必ずしも補欠が登録されるわけではありません。
今回AIN2が複数名の補欠登録をしていたのは、ロシア勢にとって久しぶりのISU国際大会となる貴重な出場機会だったことや、AIN資格をめぐる不確定要素なども関係していたのかもしれません。
日本の連盟側にはそこまで「貴重な出場機会」という認識がなかったのかもしれませんし、外野のファンにはわからない事情があったのかもしれません。いずれにせよ、関係者に直接取材でもしない限り、補欠を設けなかった理由はわかりません。
ただ、これだけ国際大会への派遣数が減っている今、日本で開催されるCS大会は、国際大会でスコアを残し、ランキングポイントを獲得できる貴重な機会です。来年も開催されるなら、補欠登録までしてほしいなと思いました。
明日9月3日からは、いよいよ公式練習が始まります。
木下グループ杯には、今回がシニア国際大会デビューとなる選手や、世界選手権や欧州・四大陸選手権のミニマムスコア(CTES)獲得を目指す選手も多数出場します。次回は、「ミニマムスコア」獲得競争という視点から、木下グループ杯の見どころをまとめたいと思います。

