8/8(土)~10(月)に開催された「関東サマートロフィー」で、大島光翔(こうしょう)選手が4回転トゥループ(4T)を成功させて優勝したと報じられました。

大島選手は2003年2月15日生まれの23歳。これまでの試合でも4回転ルッツに挑んでいましたが成功はなく、報道の時点では「23歳にして4回転初成功」だと思っていました。
「23歳で初めて4回転を成功させた日本男子って、かなり珍しいのでは?」と気になったので、過去の日本男子の記録を遡って調べてみることにしました。
「4回転初成功」をどう調べた?
今回調べたのは、1998年以降の日本男子です。
※1998年は、本田武史さんが日本男子として初めて公式戦で4回転ジャンプを成功させた年
ISU(国際スケート連盟)の国際大会だけでなく、JSF(日本スケート連盟)公式サイトから採点表を辿れる大会全てが対象。全日本選手権や全日本ジュニアだけでなく、東日本・西日本選手権、各ブロック大会、インカレ、東西日本学生選手権、国体・国スポ、ジュニア時代の国内外の大会も含め遡りました。
ただし、古い国内大会だと詳細な採点表を確認できないものがあるので、「日本男子史上の完全な記録」とまではいえません。あくまで「AIも使いながら現在WEB上で確認できるJSF・ISUの公式記録類を可能な限り遡り、年齢と照合した結果」です。
対象にしたジャンプは4回転トゥループ(4T)、4回転サルコウ(4S)、4回転ループ(4Lo)、4回転フリップ(4F)、4回転ルッツ(4Lz)の5種類。
メディアでいう4回転の「成功」の定義は明確ではないため、今回は次のように定義しました。
(あくまでもリストアップするうえで仮に定めただけで、この定義が正しいと主張してるわけではありません)
- 明確に回転不足判定であるUR(<)・DG(<<)は成功に含めない
- 軽微な回転不足判定の「q」は基礎点が減点されないことから、今回は成功に含める
- 回転が認定されていても、転倒の場合は成功に含めない
- GOEがマイナスでも、上記の成功条件が揃っていれば成功とみなす
そして、この基準で過去記録を見ていくと、大島選手の関東サマートロフィーで意外なことがわかりました。こちらのDeep Edge Plusでの報道記事でも「4T初成功」とされていたのですが、大会の公式採点表では4Tに「<」=UR(回転不足)が付いていました。
(追記:演技動画を見る限りではクリーンに決まったと思っていたので、この判定には正直驚きました)
つまり、この記事で定めた基準だと大島選手の今回の4Tはまだ「成功」には入らない扱いになります。そのため、今後の公式戦でUR・DG・転倒なしの4Tを決めれば、その時点でメディアに改めて「初成功」とみなされる可能性があります。
調べてみたら、23歳7か月で4Tを初成功した日本男子がいた!
調べ始める前まで私は、「大島選手が日本男子で最も遅い4回転初成功かも?」と思っていました。
ところが、まず大島選手自身の今回の4Tが、私の今回の定義上ではまだ「成功」には含められないことが判明。そして過去の記録を遡ると、さらに遅い23歳7か月で公式戦の4Tを初成功させた中野紘輔さんが見つかりました。
中野さんは1997年5月22日生まれ。2020年12月の全日本選手権フリープログラムで、冒頭の4Tを成功させています。当時のJSF公式採点表を見ると、URも転倒もありません。
4T 基礎点9.50 GOE+1.76
そして、この演技後の本人のコメントがさらに興味深いものでした。
プログラムの中で4Tを成功させたのは、練習を含めてもこのときが初めてだったそうです。
それを現役ラストの全日本に入れてくる勇気!
私は当時の全日本も見ていたはずなのですが、彼がこの年齢で4回転ジャンプを初成功させたことは記憶していませんでした。
2020全日本選手権の詳しい報道や映像は残念ながら見つからず。これよりも前の2020年1月インカレのときのインタビュー動画がフジテレビSPORTSに残っているので載せておきます。前シーズンのものですが、演技映像も一部見られます。
中野さんは2020年春に大学を卒業していますが、所属していたリンクでアルバイトを続けながら1シーズン現役を継続しました。現役最終シーズンのつもりだった2019年全日本でフリーに進めなかったことが心残りだったと、当時のこの記事内のインタビューで語っています。
そして、中野さんは4回転成功後の約3か月後、競技生活を終えています。つまり、23歳7か月で4T初成功 → そのシーズン限りで引退だったわけです。中野紘輔さんは現在、滋賀を拠点にコーチとして活動しています。
22歳を過ぎて初めて4回転を成功させた日本男子
今回調べた範囲で、22歳を超えてから公式戦で初めて4回転を成功させたことが確認できた選手は下記の二人でした。
| 選手 | 初成功時の年齢 | ジャンプ | 大会 |
|---|---|---|---|
| 中野紘輔 | 23歳7か月 | 4T | 2020年全日本選手権 |
| 櫛田一樹 | 22歳2か月 | 4T | 2021年げんさんサマーカップ |
大島光翔選手は23歳5か月で4Tを着氷しましたがUR判定だったため、この表には入れていません。ただし今後、23歳7か月を超えた時点で初成功すれば、今回確認できた範囲では中野紘輔さんを上回ることになります。
この表には入りませんでしたが、日野龍樹(りゅうじゅ)さんも21歳10か月で4回転トゥループを初めて公式試合で「成功」させています。
彼は何シーズンにもわたって4Tに挑戦していたのですが、なかなか「成功」には至らず。大学4年だった2017年1月のインカレで、ついに公式戦で4Tを「成功」させています。
「Ice Brave」メンバーの櫛田一樹さんも22歳2か月で初成功
22歳2か月で4回転トゥループを公式戦で初めて「成功」させた櫛田一樹さんは、1999年6月9日生まれ。
彼は大学4年だった2021年全日本のフリーで納得のいく演技ができなかったことから、卒業後も現役を続行。

その後さらにもう1シーズン競技生活を延ばし、2023年全日本を最後に引退しました。その後はプロスケーターの道を志し、「滑走屋」「氷艶」「Ice Brave」など、数多くのアイスショーに出演し、この後は「ICE BLADE(刀剣乱舞)」も控えています。
櫛田一樹選手の2021年8月のげんさんサマーカップSP公式採点表では、4Tが加点付きで認定されています。
4T 基礎点9.50 GOE+1.66
それ以前の大会では4TのURや転倒が確認できるので、大学最終学年まで試合での4回転への挑戦を続けた末、最終学年で成功できた例と考えられます。
(余談ですが、この試合のフリーの採点表はなかなか壮絶です。櫛田一樹さんには「そっちは見ないで~」と言われそう)
公式戦での4回転成功前に引退した選手たち
一方、公式戦で4回転成功に届く前に競技を引退した選手も、何人も確認できました。以下に挙げるのは、あくまでその一部です。
中村優さん
その一人は、中村優(しゅう)さん。大学卒業後、プロスケーターとして浅田真央さんのアイスショーに連続出演。ショーで共演した今井遥さんと結婚し、今はMAO RINKで夫婦揃ってコーチをしています。
彼は競技生活終盤に4回転サルコウを練習では成功させていて、「あとは試合で」という段階まで来ていたことが当時の取材などから分かります。
全日本まであと22日❄️男子No.4
— 【公式】フジテレビスケート (@online_on_ice) November 27, 2019
✨中村 優(なかむら しゅう)✨
23歳/関西大学
道産子スケーターが6年連続6度目の全日本選手権出場🐏🦀
関大チームの良きアニキ😎観客を魅きつける優雅な演技🕺と安定感🙆♂️
挑戦中の4回転サルコウもあとは試合で決めるのみ🔥全日本で初成功へ💨#figureskate #9697世代 pic.twitter.com/moaUIyNlgi
引退後のインタビューでも、練習では4Sを決めていたことが語られています。しかし、最後の全日本でも4Sに挑んだものの、UR・転倒で成功には届きませんでした。
山隈太一朗さん
現在クルーズ船のプロスケーターとして世界中を旅している山隈太一朗さんも、大学年代になって4回転サルコウの習得に本格的に取り組んだ選手です。
彼も公式戦で投入していましたが、成功には届かないまま大学卒業を迎え、競技を引退しました。
須本光希さん
全日本ジュニア優勝やジュニアGPファイナル銅メダルの実績を持つ須本光希さんも、4回転ジャンプには苦戦した選手でした。競技生活中に何度も挑戦しながらも、今回の基準での公式戦成功には届かないまま引退しています。
彼はこの夏から大阪でフィギュアスケートのインストラクターをしています。
その他にも…
法政大学に所属していた小林建斗さん、小林諒真さんも大学時代に4Tへ挑戦していました。
公式採点表にも4Tの実施記録は残っていますが、UR・DG・転倒などがあり、今回の基準での「成功」には届いていません。こちらの二人はどちらも大学4年を最後のシーズンと決め、競技生活を終えています。
海外には20代半ば、さらに29歳で4回転初成功の選手も
「20代になってからでも、新しい4回転ジャンプをものにできるの?」
そんな疑問への答えになるような選手は、海外にもいます。
遅咲きで30代になって4回転複数を入れるまでになったロシア選手
一人は、ロシアのコンスタンティン・メンショフさん。(下記記事の表彰台写真向かって右の青い衣装の選手)

フィギュアスケートを長く見ている方なら、「遅咲きの男子選手」として記憶している方も多いかもしれません。ソチ五輪シーズンの欧州選手権で銅メダルを取れるほどの実力があったのに、世界選手権にも五輪にも一度も選ばれなかった選手でもあります。
メンショフさんは20代半ばになって4Tを実戦レベルまで引き上げました。25歳だった2008年ネーベルホルン杯SPでは4T+2Tを成功。その後も長く現役を続け、30代になっても世界トップレベルで4回転を跳んでいました。32歳ではFSに4Tを2本+4Sの計3本の4回転を入れる構成へ難化させるまでに。
彼の遅咲きぶりを特集した記事がこちら。興味のある方はどうぞ

元世界王者が29歳で初成功!
そして、さらに驚く例があります。トッド・エルドリッジさん(米国)です。

1996年世界王者で、世界選手権表彰台は6回というレジェンド。長野五輪・ソルトレーク五輪にも出場し、長野ではフィリップ・キャンデローロさん(フランス)と銅メダル争いをしたことを覚えている方もいるかと思います。
公式サイトのプロフィールによると、彼が競技会で初めて4回転ジャンプを成功させたのは2000年10月。
彼は当時、なんと29歳でした。
当時はソルトレーク五輪を控え、男子トップ選手の間で4回転の重要性が増していた時代。既に世界王者だったエルドリッジさんも、20代後半になって4回転の習得に取り組んでいました。
「彼は今夜、4回転トゥループに挑戦すると決めていると思う。そして4回転トゥループが来るぞ…おお、イェースっ!!!」という興奮した実況が、元世界王者が29歳で4回転に挑む凄さを物語っています。
「もし、あと1~2年続けていたら」とは思うけれど
もちろん、長く続けたことで4回転を試合で成功させた選手が複数いたからといって、「競技を長く続けていれば4回転を習得できる」という話にはなりません。
ただ今回、過去の記録を調べていて感じたのは「22歳の時点で試合で4回転を成功できていなかったからといって、その選手は続けていても4回転を習得できなかったとは断言できない」ということです。
日野龍樹さんは何年も挑戦を続け、22歳になる2か月前に成功。櫛田一樹さんは22歳2か月、中野紘輔さんは23歳7か月に成功。23歳5か月で4Tを着氷した大島光翔選手も、今季中の初成功が期待されます。
海外では、20代半ばで4Tを実戦レベルまで引き上げ、30代では4Sも投入していたメンショフさんや、29歳で4Tを成功させたエルドリッジさんという例もあります。
そう考えると、大学卒業時点で4回転成功に届かなかった選手の中にも、もしもう少し競技を続けていたら、その後に技術的なブレイクスルーを迎えた選手がいた可能性はあります。
大学卒業は「競技を続けるか、スケートを辞めるか」の二択ではない
フィギュアスケート選手にとって、大学卒業は大きな分岐点。
世界大会やグランプリシリーズで活躍するトップ選手なら、大学卒業後も競技を続行するケースが多いです。しかし全日本には出場できても強化指定には届かない、あるいは国際大会への派遣機会が少ない選手の場合、卒業後も競技を続けるには所属先やスポンサー、練習環境、仕事との両立など多くの課題があります。
一方、大学卒業で競技を終えることが、スケーターとしての可能性まで終わらせるわけでもありません。
今回名前を挙げた櫛田一樹さんや中村優さんもアイスショーで活躍。競技生活を終えたことでプロスケーターのキャリアが早めに開けたという見方もできます。最近では、全日本出場経験のない選手がプロスケーターとなり、複数のアイスショーで存在感を示す例まで出てきました。
(この話も掘り下げると長くなりそうなので、いずれまた改めて書きたいと思っています)
だから私は、大学卒業を迎える選手に「もっと競技を続ければいいのに」と単に言いたいわけではありません。

競技を続ける道も、プロスケーターや指導者として次へ進む道も含め、それぞれがスケートを続けられる選択肢が増えていけばいいな…
今回調べた選手たちを見て、そんなことを思いました。
そして大島光翔選手は「競技を続ける道」を選んだ
最後に改めて、大島光翔選手の話に戻ります。
大島選手はジュニア時代、国際大会派遣対象となる成績を残していた時期に、新型コロナウイルスの流行が重なりました。そのため、国際大会へ出場する機会を得られていません。
それでも大学卒業後、彼は富士薬品と所属契約を結んで競技を続ける道を選ぶことができました。

昨年の全日本選手権では10位に入り、強化指定B選手に。そして今夏、関東サマートロフィーで4Tを着氷。今後の公式戦で4Tを「成功」させれば、今回確認できた範囲での日本男子最年長記録を更新する可能性もあります。今季国際大会への派遣が実現すれば、23歳にして初めての国際大会の舞台に立つことになります。
フィギュアスケートでは将来を期待されるジュニア選手や、世界でトップを争う選手たちに注目が集まりがちです。
でも、23歳になっても4回転初成功を目指し、そこから初の国際大会を目指す選手がいてもいい。
競技を終えてプロの舞台や指導者など、また新たな分野で挑戦する選手がいてもいい。
ちょっと気になって調べ始めただけのつもりが、そんなことを真面目に考える1日となりました。

大島選手がこの先どこまで競技生活を続け、どんな景色を見ることになるのか
今季の演技を、これまで以上に楽しみに見守りたいと思います

